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ずぶぬれ vol.4 ばかにされ上手

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ずぶぬれ vol.4 表紙

よだんのよだん(巻末コラム)

11月にずぶの学校の新校舎「旧ずぶ邸」で日曜学校を開催しました。ずぶぬれ1号の「よだんのよだん」で書いた、私があこがれる「シルバニア村の日曜学校」がついに現実のものとなってきた! 先生も神父もおらず、毎週日曜日に教会で、村のおとなたちがかわりばんこでお話する……そういうイメージで、始めたこのペーパーの味をライブで堪能できる場が「ずぶの日曜学校」です。これから不定期で開催予定。

 

去年からは考えられないことです。家族だけではどうしてよいやら、途方に暮れていた空き家を復活させることができつつあるとは。耐震強度が…とか、雨漏りが…とか、壁が…床が…などなどさまざまな問題はあるものの、ひとつひとつ相談したり、納得したりを繰り返しながら、ぼちぼち前に進んでいます。それもこれもどれも人間の力。お金でぱっと解決するのではなく、小さな頭で考えながらよちよち、丁寧に、自分に合った活用方法を模索中。積極的に助けを求める力が身についてきたかと思うと満足気です。

 

安部公房氏の小説『壁』の作者の「あとがき」に「壁がいかに人間を絶望させるかというより、壁がいかに人間の精神のよき運動となり、人間を健康な笑いにさそうかということを示すのが目的でした。しかしこれを書いてから、壁にも階級があることを、そしてこの壁があまりにも小市民的でありすぎたことを思い、いささか悔まずにはいられませんでした。」とあります。障害、困難、限界、コンプレックス……を認めてようやく健康的に笑えるのかもしれません。

 

逃げるしかないときもあるけれど、もっとうきうきする作戦を思いつきました。どうせ壁(困難)が目の前に立ちはだかるなら、大きなキャンバスが現われたと思ってためつすがめつ、でたらめな絵(夢)を描いてやろう。一人じゃなくてともだちと。遊び感覚でやるのです。

 

壁の落書きは昔から、小市民の反逆の手段の一つでした。壁は人間が作るものであり、人間が壊すもの。絵を描いているうちに、な~んだ壁自体が絵だったのかと気が付くと、壁は消えていく。私たちは小さなたまごのひとつひとつです。むやみに一人で立ち向かわんでもいい。まずは隣のたまごに、絵の構想を相談してみてはいかがでしょうか。

 

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あかまつ みさき(ZUBU)

1986年大阪生まれ、大阪市在住。中・高国語教師をしながら15年にゆるいまなびや「ずぶの学校」を開校し、校長に就任。顔は星野源、性格はザキヤマ、口調は佐藤二朗、行動はサティ、魂は岡本太郎似(目標)。学校挨拶「bonbon(意:かまわぬ、よしとする)」(写真 旧ずぶ邸にて 撮影・寺嶋智恵子)

 

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