大阪は東淀川区にある「旧ずぶ邸」またの名を「ずぶの学校」
祖母の家の隣にあったこの空き家で活動しはじめたとき
あんまりひとが来ないのを見た祖母に
「『学校』っていうのがかたいんちゃう?」
と言われたことあります。
そのとき「そんなもんかなぁ~~~?」と思い
もう一度考え直してみたのですが
ださい(笑)とは思いつつも
やはり自分のテーマが「学校」なのでどうしてもはずせないなと
そのときも思ったし、今もそう思います。
今や「学校嫌い」で不登校になってしまっているのですが
実はほんとに学校や先生が好きなのです。
好きでいたいのです。
学校…
双方向でゆるぎない信頼がありながらも
一定の距離感がある「師弟関係」というものや
学校を舞台にした、はちゃめちゃな「学園ドラマ」が
20年前も好きだったし、今も好きです。
思い返してみると中学生時代には
GTO(98年)
伝説の教師(00年)
などが放送されていておもしろおかしく見ていたし
高校~大学生時代には
さよなら小津先生(01年)
めだか(04年)
など、だめな先生が変わっていく様子を見て、かんどうしました。
(今思えばドラマの中の先生はみんな訳アリの「アウトサイダー」だったな)
大学生のころには教職の授業をとっていたり、夏目漱石が弟子との交流を書いた随想や書簡を読んだり、黒澤明氏の映画「まあだだよ」に見たりしたことが、どういうおとなにいてほしく、自分がどういうひとになりたいかの指針(進路)になっていったと思います。
個性の塊である、実存のままのこども(孫悟空)に出会って
おとな(社会)が「変わる」ということが希望だし
おとなを信じられるこどもはのびのびと成長していきます。
(私がそうでしたからね!)
年をとることは本来、希望だったと思いますが
現代では嫌なことのようになってきています。
それもこれも尊敬すべき、信じられる「おとな」がたくさんいれば
楽しみなことになると思うのです。
「変わる」組織
「流動的な」集団
(参加の余地があるということ)
このたび、GTOを見返してみて思ったのですが
組織がつぶれ、立場がなくなったとき(最後の方)
いがみあっていた職員の間にはじめて「連帯」が生まれました。
「職業」や「立場」を演じることが
架空の「ごっこ遊び」だということに気づいていれば
ひとは「友達」になれるんだと思います。
友達がいれば「物語」がどう変わることも楽しめる
(「リスポンス+アビリティ」が高まる)し
物語を作る主体になることができるようになるんだと思います。
ひととちがっても
自分が本当にいいと思っている方に一歩踏み出すには
友達がいて楽しいこと、連帯感を感じられることが
なくてはならないことだと思います。
「ずぶの学校」はへんてこで自由な学園ドラマごっこをしているところです。
いい曲です☆