もやもやずぶちゃん

ずぶの学校のやかましみさきです。絵や文、俳句、ぬいぐるみの創作、人形劇、手作り作品のお店をしています。ワークショップ、オーダーメイド受付中。おたよりください。info@zubunogakkou.com

ずぶの学校のやかましみさきです。

絵や文、ぬいぐるみの創作、人形劇、手作り作品のお店、

表現の家(ライブハウス)をしています。

ワークショップ、オーダーメイドも受付中!

おたより待ってます。

info@zubunogakkou.com

ずぶちゃん英語

ご近所のたむたむさんが、フランス人のおともだちHervé さんをずぶ邸に連れてきてくれました。

 

フランス語の絵本を翻訳(英語に)してもらったり

Hervé さんが撮影された動画をみたり

ピザを食べたりお話したり

いつになく日本語でないことばがとびかう空間がそこにありました。

 

私は英語がわからないのですが

(実は高校の時とても嫌いだった。話の内容がつまらなすぎるわりにおぼえることが多すぎた。外国語を話すことに対する苦手意識はコンプレックス(障害)のひとつ。それもあってずっと外国旅行が遠のいていた)

 

一生懸命リスニングしてなんとなくこうじゃないかというような

想像力で補ってなんとか話についていくも…

 

「ここはどういう場所なのか?」

「ずぶぬれはどういう冊子なのか?」

 

的な話を振られると答えるのに窮する。

自分の中にワードとセンテンスがないこと

まったくくちが慣れていないこと(人生初)によることばの出てこなさ。

 

私のことを私に聞かれているので私しか答えられないはずのことだ。

英語を話せるまわりの方々もその機会を無理に奪わないようにと

見守ってくれているのを感じるが答えられない。

せっかく興味を持ってくれているのに応えられないのはつらい。

 

ことばにできないというのは弱者だなぁとひしひしと感じた。

孤独で鬱になりそうだ。

(そうでなくても孤独で鬱にはなりそうやけど)

 

Hervé さんもともだちから私のことを「プレジデント(校長)」とか「エディター(編集者)」という断片的な情報はきいたが、私が実際何をしたくて何をしているひとなのかよくわからないといった様子だった。目の前にいるのに…

私自身の声を待ってくれていたと思う。

 

私は長時間だまってねばって

皆さんのお話を聞いてその場で吸収吸収(お得意の)

してすぐまねする(お得意の)

ことで、ほとんどのともだちが帰ってしまった夜更けには

すこしチャレンジ態勢(と本当に私が話すしかない状況)が整い

 

ぬいぐるみを見せて

「アイ メイド …」

と言ってみたり

 

写真を見せて

「アイ メイド ディス ウィズ チルドレン」

と言ってみたり

 

二階の人形劇場を説明するために

「アイ ホープ チルドレン カム」

と言ってみたりできるまでに成長した!

 

とぼけたぬいぐるみを見せてアイメイドと言うた段階で

全ての謎がとけた!というリラックスした雰囲気で

(銭湯帰りってのもあった)

 

興味しんしんの表情で

(インスタでともだちになってくれた)

 

話を聴いてくれたので

それもあって恥ずかしながらも挑戦できたように思う。

(関係性が大事)

 

「~なのか~なのか、どっち?」

ときかれたときに、すごく答え(応え)たくてたまらなくて

 

「ボース…」

 

ということばがくちから出てきたときには我ながらすごく驚いた。

自分の中にそんな単語があったとは…

単語すぎるし、こんなときの答えとして合ってるか(まだ言う…)わからなくて不安だったけど

言いたいことは伝わったようだった。

この経験はまったくもってうじゃの時と同じだった。

 

切羽詰まって、何か音を発しなくてはならなくなった瞬間、私からとっさに出てきた音は、中学の時吹奏楽部でトランペットを吹いていた時に練習した「ダブルタンギング」の音だった。トゥクトゥク…と発しながら、あ、私の中にこんな音が残っていたんだ。

 

zubunogakkou.hatenablog.com

 

目の前に「私」を待ってくれているひとがいる、

さしせまった場が、本当の「学校」だなと思う。

 

「私」が「私」のことを話す練習が学校ではほぼ封じられている。

(許されていても何らかの枠の範囲内、テンプレ)

英語でも国語でも。

でも本当は自分のことを話すことからし

ことばを発することなんてできないんじゃないかと思う。

「正解」があって、封じられていて、関係性がなくて、話す気になるだろうか?

 

自由につられてひょんな感じで自分の内から出る気まぐれな「音」

それが「ことば」の原点では?

不自由な社会では「音」は出てこない。

 

私は英語、フランス語、日本語と各国にことば(文化・歴史)があるように

東京、名古屋、大阪と地方によってことば(文化・歴史)があるように

Aさん、Bさん、Cさんにもそれぞれのことば(文化・歴史)があると思っている。

同じ日本語でも、外国語であって、

そのひとが言おうとしていることや言い方がなんとなく分かってくるまでに時間がかかる。

(この文章もずぶちゃん語)

 

私は「そのひと自身のことば、文法」というものに興味しんしんで

だからひとりひとりの言語を聴いてすぐに研究、まねしつつ返すことが自分は得意なのではないかと思っている(好きだから)。

 

それでインタビューをしたりもするけど

やはり本人に書いてもらうのが一番よくて

「そのひと自身のことば」を集めたものが

フリーペーパー「ずぶぬれ」なのです。

書いてもらう前に(書くのはハードルが高い)気軽に話してもらうのが

「ずぶの学校」という場所です。でありたいです。

そして私にとっても「待たれる場所」であり

関係が固定しない、全員にとっての「学びの場」を目指したい…

 

 

……って英語でなんて言ったらいいのかな?

(そういうことを考えるようになった…のも外国語を話すともだちができたおかげ)

 

Hervé さんまた来てくれるらしいので、英語で手紙を書いてみようかと思っています。

 

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カンスケです。

 photo by Mami Sakura

 

ぬいぐるみ・ドールつくってます。人形劇します。

ぬいぐるみも「マイことば(ずぶ語)」なんだなって知る体験でした。

www.instagram.com

ずぶ、ラジオをはじめる

3月末に、卒業生の女の子に

「ずぶ、ラジオやったら?!」

と言われて、恥ずかしながらラジオをはじめた。

(今はだれでも簡単にできる時代)

 

 

それもあって、この一か月は書くことから少し遠のいて過ごしていた。

 

学校の授業でもラジオ形式を取り入れて、生徒からもらったおたよりを読みながら

関係のない会話をしながらすすめるという方法で古典の授業をしたりした経験から

ラジオは自分にとって割と身近な方法だと思ってもいた矢先のことだった。

 

 

授業とラジオと公演

 

授業と公演の違いは、やはり準備(人間関係作りも含む)の差。

 

公演は打ち合わせ、リサーチ、クリエーション、広報、リハーサルなど本番までにさまざまな難関がある。たとえひとりで公演するとしても、音響や照明、撮影、などなど必ず誰かに手伝ってもらうことがあるだろうと思う。

 

だが授業はどうだろう? その時間、教室に行けば、はじまってしまう。チャイムが鳴れば終わり。よくよく考えれば、学校という組織自体に、その場をおぜん立て(演出)してもらって自分はそこにそれらしく立つということなのだが、組織なもんで誰にそうしてもらっているか(そうさせられているか)分からない状態、つまり、ひとりぼっちで前に立つことになる。

 

しかも授業準備というのは、往々にして「内容」の準備であって、「表現」の準備は少なめ(特に高校では)。いくら内容が整っていたとしても、表現がなければ伝わらないのに。むしろ表現(形式)のセンスの方が重要なんじゃ…? と思い始めたのが、偏差値が中間から下の層の学校に勤めて学んだ、いちばん大事なことのように思う。

 

それにしても、授業というのは多い。

週に3時間、下手したら4時間あることもある(ほぼ毎日やん)。

週に1時間、あるいは二週に1時間、あるいは一か月に1時間でもいいんじゃ…?

と私は思う。

それで1時間を90分、あるいは50分×2ぐらいにしてもよさそうなもんじゃ

と思う。

 

それぐらいでようやく準備ができそうだ。

というのは前に立つものだけでなく、学ぶ側にも(にこそ)なにかしらの準備と心の準備がいるのではないかと思う(人間関係作りも含む)。

 

自分で決めて納得してそこに行き、そこにいるということなしに

本当の「学び」は生まれないのではないか?

 

ひっきりなしに追われる授業というのは、お互いにストレスだ。

そういう状態で良好な関係を作るのはかなり難しい。

 

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で、こうなる。

 

現代文や古典にしても、ベテランになればなるほど同じ公演の場数を踏んで、ショー化し、思考停止していくのではないかと危惧する。

 

授業は先生の一方的な公演なのだろうか?

(「業を授ける」という言葉通りの意味ではそうかもしれない)

 

学ぶ側が自ら選んで、それを観たいならそれでもいいのかもしれないが、

学ぶ側主体の場づくり(という時点で学ぶ側が主体ではないおそれ…)というのはなかなか難しい。

 

先日、長年ファンだったDJマーキーさんのラジオの収録を観に行ったのだが、

もちろんひとりではなかった。スタッフはその場に3人いた。

 

  

ラジオは公演より授業に近いと思っていたのだが、

(「出たとこ勝負」感、「双方向」感、において)

出たとこ勝負だけど出たとこ勝負ではなかった。

 

音楽がかかっている間に、マーキーさんは紙(次のおたより?進行?)など入念にチェックしていた。

 

聴きやすい声というのは、大きいとかはっきりしているとかもあるだろうけど

「聴きたくなる声」ということだなと思った。

 

自分の話を聴いてもらえるし、読んでもらえるし、応えてもらえる声。

それをひとは聴きたいのではないかと思う。

 

授業の時間というか、教室という場所は、生徒にとっても、教師にとっても(立場関係なく)「学び」の場であってほしい。ひとりひとりが、そのとき話したいことを話せたらいいなと思う。

 

ひとは何をしていてもしていなくても「表現者」である自覚を持つべきだと思う。

したいからする、いたいからいるという認識を。

自分軸の主体性を。

 

部屋でひとりで録るラジオは、文を書くのに似ていた。

(一応勧めてくれた卒業生に向かって話しかけるつもりでやっています)

場によって変わる自分の声の変化をもう少し研究してみたいと思う。

 

 

△第一回 ずぶのひとりごと ~自己紹介①~
おそるおそる自己紹介しています。サティのグノシエンヌに歌詞をつけた「朝の歌〜自問〜」をぼそぼそ歌ってます。
https://www.spooncast.net/jp/cast/234166

△第二回 ずぶのねごと ~自己紹介②~
外山滋比古「思考の整理学」の一章と宮沢賢治の詩「告別」を読んでいます。ロングバージョンにチャレンジしてみました。
https://www.spooncast.net/jp/cast/236635

△第三回 ぼ~のぼ~のたいむ #0
孤独のグルメの話、ユニコさん出演の告知、石川啄木の歌。
https://www.spooncast.net/jp/cast/237818

△第四回 ユニコさんと ~新元号発表の日に~
4月1日、新元号発表の日にユニコさんにお話を伺いました。
https://www.spooncast.net/jp/cast/238495

△第五回 うねさん&たむたむさんと ~ずぶ邸でお茶~
芸大生のうねさんとご近所さんのタムタムさんとずぶ邸にてまったりしました。
https://www.spooncast.net/jp/cast/244901

△第六回 センスがないのは万死に値する~🖤
教員免許更新の葛藤をひとりごちました。
https://www.spooncast.net/jp/cast/257559

△第七回 『快晴元年のアップルパイ』出版記念お話会
ユニコさん著の『快晴元年のアップルパイ』の出版記念お話会@ずぶ邸 の第一部の模様。
https://www.spooncast.net/jp/cast/263792

ずぶの学校新聞 no.46

~どこでもそのまま在るための模索~

 

学校を辞めて空白の時間ができるつもりでいた4月でしたが、なんだか前よりずっと忙しかった。なぜ…

 

本を編集・出版したり、出版記念お話会で表現者の方々のお話を伺ったり、フランスの芸術家の方とお話したり、クリエイターズマーケットに出たり、出るために準備したり、

 

そのような過程で「芸術」や「アート」と一口に言っても、ひとりひとり意味も方法もとらえ方が異なるのだということが、以前から知っていたけど最近強く思うことです。

 

私は自分がやっていることを「芸術」とも「教育」とも「福祉」とも言えない、よくわからない(わけられない)気持ちでいます。どのことばもあまり好きではない。

 

今日は奈良にダンスの公演「わたしのいちばん好きな道 奈良編」を観に行きました。

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木村玲奈さんは、昨年の9月に旧ずぶ邸で踊っていただいたダンサーの方です。

zubunogakkou.hatenablog.com

私は玲奈さんの書く文章が好きで、前回のフリーペーパーずぶぬれにも投稿していただきました。

 

身体表現のことはよくわからないのですが、私は玲奈さんの「ダンス」の在り方が好きだということはわかります。自分がその土地、その場に在る意味のようなものを丁寧に体現されるその空間自体が作品で、それが玲奈さんの「ことば」なんだなと思います。

 

今回は、作品や文章が玲奈さんに少し似ている印象を持つ(私が勝手に持っているだけ)芸大生の采さん(昨年12月にずぶ邸で展示をしてくれた方)を誘って一緒に観に行ってきました(采さんは今回のずぶぬれに寄稿していただきました)。一人で行くのも好きだけど、一緒に行くのはいいなと思った一日でした。まちと作品の空気感を味わいながら、采さんの話も自分の話もじっくり聴けた。公演の数日前に送られてきたメールに、玲奈さんの手書きのマップがあって、そこに載っていたお店でエビフライ定食を食べながら(ここからもう公演がはじまっているようなもの)。
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采さんとは三週間ほどまえにずぶ邸でお話したあと、ラインで少し作品についてことばを交わしていて、でもお互い意を尽くせないままになっていたので話すことはたくさんあった。

 

「どこでもそのまま在るっていうのはどういうことですか」

 

と聞かれて、私は自分がそんなことを言ったっけな?と思ったけど、でもそうだったなと思い直した。どこにいても、そのままそこにいたい。場にそうさせられるからするということをやめたい。自分がしたいからする、いたいからいるという方向性を間違いたくない。納得というか自覚というか。自分の足で立つというか。それはひとりよがりな感じではなく、自然にそうありたいと思うのですが、玲奈さんはどこでもそうあるような気がして憧れます。作品を観ているのが好きです。

土地や場の声に耳を澄ませてそこに、場とともに在るという姿勢が…

場にそうさせられるだけではないぞという意志をもってそこにいるような。

そして場とともに来客をもてなすというおおらかで繊細な気風というのか…

 

「もてなす」ということばは、采さんが12月の展示のあとに
「自分は「もてなし」がしたかったのかなと思う」と言っていたことが心に残っていて使っています。来年広島の牧場に就職予定で、土地や場に興味がある。

 

そういえば采さんも彫刻を専攻していて「立体」だったなぁと観ながら思っていた。最近自分が「立体作品」が好きだということに再度気が付いたから。場に「在る」「居る」ということのおもしろさ、希望。

 

さらに言えば、それを自分が動かす(自分が場によって動かされる)ということが最高の「もてなし」になるのでは? そうなればいいな。

 

相手がいる場で動かすところまでが作品、いや相手がいることで変わりながら続いていく作品。作品によって生かされる人生。主体的にちからわざで作る人生。

 

「ホスピタリティ」ということばも思い出す。高校で働いていたとき、作文を書いてもらうために作った手書きのプリントを見た保護者の方がお手紙をくれた(しかも作文も書いてくれた!)ことがあり、そのときにいただいたことば。

 

 

自分とひと(「もの」も)が今その場に「在る」意味を丁寧に模索したい。それがわたしが学校の教室でもやりたかったことだった。場に作られるだけでなく、場を作る。あるもの生かしの場。今すでにあるもののパフォーマンスを上げたい。これからもどこにいてもそれは模索したい。根無し草なりに。

 

それは「表現」というのか「ことば」というのか「問いかけ」?「姿勢」「呼吸」…「立ち方」「在り方」「生き方」? 「社会」への希望というのか理想というのか。わからない。

 

奈良町物語館…わくわくする場所でした。2階は秘密基地みたいで居心地がよかった。

(写真はないです、あったのはこれ👇)

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2階にあった文章「うらはらなくら」のタイトル(全12回)がどれもよかった…

 

駅ができた日

3月16日、土曜日。小雨のち晴れ。

旧ずぶ邸の目と鼻の先にJR淡路駅が開通。

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カットされる前のテープ

 

こんなに近所に「駅ができる」なんて…

アンビリーバボー!

ずぶ邸でも負けじと(?)

念願の人生初テープカットをしました。

 

《路面劇場part1》

www.youtube.com


《路面劇場part2》

www.youtube.com


《路面劇場part3(テープカットあり)》

www.youtube.com

 

その夜、開通した電車に乗って、ある一家がずぶ邸にやってきました。姉妹と両親。お父さんがずぶの友達で、楽器を作ったりされてる方で、妹さんとは一度お会いしたことがあったのですが、姉妹はずぶ邸の人形劇の舞台を見て大興奮し、そこにあった人形たちを総動員して、即興で人形劇をはじめました。

 

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劇がはじまりました

ああ、これはちょうどこれからやろうと思っていた「即興人形劇」!!

 

赤ずきんちゃんやその場で考えたオリジナルストーリーなど。こどもはエネルギー、スピード感があるなぁとかんどう…(童話もこどもの口から聴くと新鮮だった。そういうパターンなんだとか、解釈なんだ…とかいう発見があって「物語り」っていい。何回も聴きたい)。

 

小学六年生のお姉さんの方は反抗期らしく、ママのお人形を動かしながら、

 

姉「ゆきだるまさちこです」
母「女なんですね」
姉「男です」
母「ご結婚されているのですか」
姉「はい、ノブスケさんと言います」
母「え!」
姉「女です」

 

と常識と思われることと逆のセリフをどんどん作っていきます。

 

母「お仕事は何をされてるんですか」
姉「……カツラ作りをしています」
一同「え!」
姉「カツラ国のユキダルマ人です」
妹「お悩み相談ありませんか」
姉「あの…実はわたし…がんなんです」
一同「え!」突然のカミングアウトにざわつく。
「……がんはがんでも、元気になるがんです」

 

 

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お姉さんは人形の後ろにいます


その場で考えながら、みんなが普通思わない、驚くようなことを言おうとしていたのだと思います。それって、とても大事なことだ。ロックの精神。自分はそうじゃないんだ!という野心やレジスタンス、社会参加(そういうのが教室でも嬉しかった)。

 

元気になるがん…考えたこともなかった…確かにそういうこともあるかもしれない。思い出で生きている人間だもの…

 

両親ともに成長期で反抗期の娘への接し方に苦労されているそうで…つい激しく怒ってしまったこともあるとか。夫婦喧嘩なども日常的に見せているということで、子育ては難しいという思いと、「家制度」が無理という思いがまたしてもこみあげてきました。

家族(主に親?)だけで子どもを育てるなんて無理。昔は近所や学校や寺やいろんなところに、家族以外の大人がいて見守っていてくれたけど、今はそういうものはほぼ滅び去ったのに家制度だけが「自己責任」だけが厳然と残っていて…家の問題を家の中だけで解決するのは無理。学校の問題も同じ。

私も小学校高学年から中二ごろにかけて、両親が不仲で家庭内別居状態で、毎日のように母から父の悪口を仕込まれて、父キモイ論者に…(かといって「母の味方にもならないよ」とは言いながらやはり母の味方になってしまう。「男尊女卑」思想への反発心つのる)。ともだちや兄とはげしく遊んだりしていた、あれは、しのいでたんやな~~~ってことを、姉妹を見て思い出した(気が付いた)のでした。

遊びは一種の逃避でもあり、反抗の手段でもあるのかもしれない。それがないと「希望」がないと生きていけないなとそういえば中学校、高校からの帰り道によく思っていました。運よく友達に恵まれて、遊びの内容が一見牧歌的で、作詞作曲や、脚本録音や、漫画読んだり描いたり、ゲームしたり、人形作ったり。今やっているようなことの基本はここで友達から教わったのです。あまり気が付かなかった(気づかれなかった)けど、かしこくしのいでたなと思います。今と同じかもしれない。今は家庭の問題(もあるけど)ではなく社会(職場)の問題で、だけど。

親に対しては、人間的に好きな面、文化的に尊敬できる点、感謝の気持ちがあるのですが、その裏面にあった暗黒時代のあきらめきれなさ、許せなさ(がん)がだいぶつもってかたまっていたかもしれないと思います。親に対して(だけではないけど)、はっきり口に出して言えないひとだった(今もまだ苦手)から、書く方が発達したと思う(これは障害だと思う)。反抗期も特になかったために、絶賛反抗期ナウ。

お姉さんもだいぶつもってるのかもしれない。こういう遊びで発散しているのかもしれないと思うと切ない。私の遊びもそうだけど。遊びは切なくもある。希望でもある。命の光。

父と兄が家を出ていった春のころ、だだっ広くなった家の中で母と二人でピクニックをしておにぎりを食べたことが印象に残っています。あのとき「ああ、この母を一人で背負っていかなあかんのか」と思った。「悲しませないようにしなあかんのか…」「重い…」と思った。中学三年生の春。そのころからスピッツや文学作品(「ことば」)を欲するようになったんだった。

 

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小学生の時、住んでいたマンションにななめに動くエレベーターがあって、いくつか窓があって、その外は階段になっていたので、階段から窓辺にお人形を置いて中のひとに見てもらうという遊びをやっていたことを思い出した図

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おめでとう

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テープカット前

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出演者たち

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スタッフ~

 

この文章を書いた後に見つけて深くうなずいたことば。これを読んでアップしようかなという気持ちになりました。何度解いても、この答えにたどりつく。

 

老後は今

阪急淡路駅前にある

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の主人のひとりモリヤンヌちゃんに紹介してもらった本を読みました。

 

「ポリアモリー 複数の愛を生きる」深海菊絵(平凡社新書)

 

いきさつはこちら↓↓ 

山崎ナオコーラさんの本からのかんそうのようです…ナオコーラさんは高校一年生の生徒に教えてもらって冬休みに読みました。

 

ポリアモリーとは??

 

わたしたちの生きるモノガミー(一夫一婦の結婚※ずぶ注)社会では、一人の人間を愛し、貞操を貫くことこそが「誠実」な愛の証。いくら真に愛していようと、その相手が一人でない限り、自分の愛の「誠実さ」を伝える術がないのである。

だが、しかし……。

「複数の人を本気で愛している」という自分の気持ちに、嘘をつく必要はないのではないか?と考える人びとがいる。彼らは「<一対一>の愛だけが正しいわけではない」「愛は社会規範が保証するわけではない」「愛する人数は自分の意志で決めるべきだ」と主張し、新しい選択肢を加えた。

それは、同時に複数のパートナーと「誠実」に愛の関係を築くという道である。複数愛の可能性を探求する彼らは、自分たちの愛のかたちを「ポリアモリーpolyamory」と名付けた。

複数愛といっても、ポリアモリーには条件がある。それは自分と親密な関係にある全ての人に交際状況をオープンにし、合意の上で関係を持つこと。したがって、パートナーに隠れて複数の人と関係を持つようなことはポリアモリーではない。また、ポリアモリーは性的な関係を持つことを第一目的とするスワッピングの人間関係とも異なる。ポリアモリー実践者の目指す関係は、感情的にも身体的にも深く関わり合う持続的な関係である。

 

 深海さんがアメリカにフィールドワークに行き、ポリアモリー実践者へのインタビューを試みてまとめたのが本書。実際に出向き、インタビュー、対話を通して学ぶという民俗学的方法は私がやってきているやり方ドラクエでいうところのコマンド「はなす」。まずはなす)とも似ている気がして(勝手に)、上から目線じゃない謙虚な書きぶりに親しみを持ちました。(ご本人はまだ実践者ではないそう。)

 

逆にもっと自信を持ってもいいのでは?!と思うほどでしたが、デリケートな問題でもあり、また現代社会においてはマイノリティなので、きっと風当たりもきついのだろうと想像しました。

 

以下、ポリアモリーの考え方に個人的に共感した点をまとめてみます。

 

◎小説から着想を得て実践する

ポリアモリストが「ポリアモリー(的な関係)」を知ったきっかけの中で割と多いのが「文献」で、特に「SF小説」が多いらしい(P66~)

 

実はポリアモリーSF小説には深い関係がある。ポリアモリストの間でとりわけ有名なSF作家は、ロバート・ハインラインだ。彼の小説の特徴は、既存の社会規範に疑問を呈し、オルタナティブな性愛関係や家族を描く点にある。ハインライン自身もオープン・マリッジを実践していたようである。

ハインライン異星の客(Stranger in a Strange Land )』(邦訳一九六九)は、宗教やポリアモリー的な関係を扱った作品である。ストーリーを簡潔に述べると、火星人に育てられた地球人の男が、地球に帰って友人や恋人をつくりながら自分とは異なる地球人の思想を理解し、火星人の思想が反映された独自の宗教を開いていく、というあらすじである。この小説は「ヒッピーの聖典(バイブル)」と呼ばれ、当時の社会に多大な影響を与えた。驚いたことに、『異星の客』の熱狂的信者たちによって宗教団体まで創設されている。その宗教団体というのが、先に述べたペイガン(ペイガンは「異教徒」を意味し、キリスト教以前の多神教の信仰や自然崇拝を特徴とする、らしい※ずぶ注)の「全世界教会(Church of All Worlds)」なのである。

「ポリアモリー」という語をはじめて使用した人物に関しては諸説あるが、有力な説のひとつに全世界教会の創始者であるモーニング夫妻という説がある。(略)

このようにポリアモリーSF小説は切り離せない。しかし、現在はSF小説や対抗文化(カウンター・カルチャー)と全く関係のないところから、ポリアモリーに関心を持つ人びとが増えてきている。

 

実際、深海さんも高校生のときに読んだ江國香織の『きらきらひかる』が「ポリアモリー的な関係」に興味を持つきっかけになったそうだ。

 

映画や小説やドラマの設定を現実にしていく、というのはものすごく共感するポイントで、映画や小説やドラマは一種の理想郷として描かれていたりすることもあるだろうが、理想はイメージすれば着々と叶っていく(というか、ちからわざで叶えていく!という意志を持てばよい)と私は思う。別にあきらめなくてもよい、と思う。

 

私自身、3年ほど前に「ずぶの学校」を一種のフィクションとして建てた(?)わけだが、現在はあとから現実がついてきている節があると感じている。

 

私が参考にしている設定も多々あるのだろうが、一番は黒澤明氏のまあだだよという映画。漱石「坊ちゃん」「木曜会」(こちらは実話)渡辺崋山の絵(下)などもイメージの参考になっているかもしれない(おいおいリスト化したい)。

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渡辺崋山「一掃百態」


 なぜ家族は解散したら、友人は結婚したら、生徒は卒業したら、同僚は職場を辞めたら、関係が途絶えるのか。切りたい場合はそれでいいのですけど、ゆるくでも日常的につながっていることはできないものか…なぜ結婚していないと相手の抱えている問題に踏み込んでいけないのか、なぜ友人が結婚していたら、私は問題の当事者でいられなくなるのか。なぜ血がつながっていたら相手の問題にずかずか踏み込んでいける、踏み込まなければならないとさえ思っているのか、なぜ家庭や学校の中では法が犯されても放置されるのか…本当に「家族」で支え合って生きているか? 心を通わせているといえるだろうか? 本当に「家族」だけで支え合わなければならないか、家族とはどこからどこまでを指すのか…

 

人生に深く関わり合う持続的な関係はその意志、意識さえ持てば、一人一人がもっとできることはいっぱいあるんじゃないか?と思うわけです。

 

◎「老後」では遅い(老後とは?)

私は「老後」という言葉を聞くといつも違和感を感じる。自分にいわゆる「老後」があるとは思えないからだ。というかどこからが「老後」なのかわからないからだ。私はこの、生きることを前提にしたことばをもどかしく感じる。当たり前のように「老後」が来ると信じて生きていくことが私にはできない。人間は必ず死ぬし、老少不定の世の中なのであるから、死ぬ直前を「老後」とするなら、今日がすでに老後なのではないかと思う。老後がはじまっている、老後へのイメージに向けて具体的に動き出しておくのは今なのではないかと思う。老後、急に型にはまったような「幸せ」になることはできない。それを幸せと思えるとは思えない。今から幸せ(理想)について考え、熟議し、幸せへ向かっている、幸せの途中、幸せのさ中にいたい。その中で死んでいきたいと思う。

 

フィールド・エッセイ6 <他者>とともに生きる(P212~)

 

「理想的な場所は、ナガーノ? 家を購入する際に支払える金額、不明。月々の支払い1000ドル以下。人数10名くらい。理想はパートナーや仲の良い友人たちとみんなで協力し楽しく老後を過ごすこと」

ケイトは紙に書かれたものを読み上げた。

「これ書いたの、あなたね?」

ケイトは訝しげな顔でわたしに尋ねた。

「はい」

今日のミーティングのテーマは「グループ・リビング」。グループ・リビングとは、複数の人が集まって暮らす居住スタイルのことだ。ミーティングがはじまると紙が配られ、そこに自分がグループリビングを実践するなら、①理想的な場所はどこか ②家を共同購入する際に支払える金額 ③月々に支払える金額 ④どんな人と暮らしたいか ⑤人数 ⑥その他の理想、を記入せよ、ということだった。記入された紙はケイトのもとに集められ、彼女が一つ一つ読み上げていた。

(略)

「そもそも君はなぜ、グループ・リビングを老後に限定しているんだ?」

質問といより、批判の声だ。

「わたしは大学もありますし、パートナーは仕事もありますし」

そう答えると今度は30代の女性が「いいかしら」と切り出した。

わたしたちは夢について語っているけど、それは同時に現実可能なプロジェクトについて話し合っているってことなの。わたしは仕事もあるし、子育てもしているわ。あなた、現状でグループ・リビングするとしたら…」

彼女の発言で、このミーティングの主旨をはじめて理解した。

 

自分の理想の家族、友人関係、状況、つまり社会を作るのは一朝一夕でできることではない。すべてが思い通り、計画的にいくはずもなく、どんな状況にも対応できるように今からこつこつ努力や試行錯誤が必要なはずだ。これは職場でその場限りの人間関係を円満にするために四苦八苦するよりもっと切実に大事なことではないかと思う(実際に困ったときに職場のひとが助けてくれるような関係性ならいいのだけれども)。仕事に没頭して時間を消費しているばかりでは自分の幸せが何かを考え感じることのできないひとになると危惧する。多くのひとが考えることを先送りしている問題について、今考え、布石を打っておいたほうが未来につながる可能性はまだあるのではないか。そういうひとが増えれば、もう少しゆったりした社会になりそうだし、人々はもっと楽に(本当の意味で)なるのではないかと思う。

 

◎オルタナティブな家族創造 

 

フィールド・エッセイ6 つづき(P214~)

 

「理想的な場所は、ウエストハリウッド地域。購入の際に支払える金額は検討中。理想的な月々の支払いは1200ドル以下。人数は10名以下。理想は異なるジェネレーションから構成されるグループ・リビング」

ケイトは読み上げると、意味不明の言葉を明瞭に発した。

月は無慈悲な夜の女王(Moon is a Harsh Mistress)!」

後で知ったことだが、「月は無慈悲な夜の女王」というのは、ロバート・ハインラインSF小説のタイトルである。この小説には「ライン・マリッジ」と呼ばれる異なるジェネレーションの人びとからなる複数婚が描かれている。

 これを書いたのは、60代後半のウィリアムだった。彼はわたしがインタビューしたなかで最年長の男性で、現在一人暮らしをしている。彼はヴェトナム戦争経験者であり、戦場で多くの友人を亡くした。生をいかに豊かに生きてゆくことができるのか。この問いを強く意識するようになったのは、ほかでもなく戦争の体験である、とウィリアムはいう。帰還後、彼は関心のあることに次々と挑戦した。そのなかの一つが、既存の結婚のスタイルに囚われない生き方であり、当時の妻とともに「ファミリー・シナジーのメンバーになった。

「ファミリー・シナジーはコミューンではない。オルタナティブな家族を築いている人びとのサポート教育グループだ。ファミリー・シナジーの理念は、自分とは異なる<他者>を認めよう。それだけだ。」

シナジーという言葉は、「相乗効果(協働)」である。ウィリアムは<他者>との協働について、二つに分けてわたしに説明した。

「一つは、自分とは異なる家族を築いている<他者>との協働だ。モノガミーのファミリー、ゲイ・レズビアンファミリー、シングルマザー・ペアレント・ファミリー、ステップファミリー、ポリファミリー。アメリカにはさまざまな家族のかたちがある。みんな大切な人と暮らしているだけだ。もし隣の家が自分と異なるファミリーであっても、受け入れ、助け合うことができたら日常は豊かになろう

 もう一つは、家族内の<他者>を受け入れることから生じる。血や法の絆があるかどうか、一緒に住んでいるかどうか、あるいはセクシュアリティの違い、ジェネレーションの違い、それらに関係なく互いを認め、ともに生きていければ、素晴らしい相乗効果が期待できよう。自分とは異なる<他者>を受け入れることは、自分の人生を豊かにする道具(ツール)になりうると信じている」

 

私は、ひとつひとつの家族は「~ファミリー」という便宜的な枠にあてはめることはできない固有のものなので、「もし隣の家が自分と異なるファミリーであっても」ではなく、「隣の家は自分とは異なるファミリーであるが」だと思う。

 

「ポリアモリー」について、私が共感した部分は以上のようなことだった。

 

わたしは「愛」と「アモリー」が同じものなのかどうか、「日本」と「アメリカ」の価値観の相違、「家」制度の歴史の相違があるように思うので、そのあたりのギャップによる(?)違和感はぬぐえない。なので、「おわりに 日本のポリアモリスト」以降の事例には若干上滑りのような感触があった(「ポリアモリー」は性的関係を第一目的とする「スワッピング」とは違う点は共感)

 

なんにせよ、「対話」の文化・土壌がない日本(日本語)(そして「家」の中は最もそれに乏しい傾向にある)で、「オープン」「合意」「責任」「誠実」「自由」「協力」「コミュニケ―ション」「信頼」「尊敬」「感情」「持続的」を肯定的にとらえる「ポリアモリーを急に実践しようにもレベルが高すぎるようにも思う。

 

わたし自身、欧米的な「アモリー」をあまり持ってないように感じる。「こころ」「まごころ」「誠実」「思いやり」「やさしさ」「丁寧」「大切」「尊重」「人間と人間のつながり(仁義※)」というようなことばが、わたしにとっての「アモリー」の訳語かもしれない。

 

※仁義=古代中国、孟子の中心思想。仁は博愛の徳、義は悪を恥じ事の理非を区別する徳であり、いずれも人間に生得的と説く(性善説)、の方。

仁義(ジンギ)とは - コトバンク

 

モリーの表現には、ことばとからだ(行動)の両方が必要だと思う。というかむしろ「からだ」が先行している方が説得力がある。

 

ずぶ的ポリアモリーの実践として「宇宙友朋会」「ぺんぱるくらぶ」があり、ほそぼそと続いていて展開していっている最中なので、少しずつ紹介していけたらと思います。

 

「ことばとからだ」に関してはコチラ↓↓

zubunogakkou.hatenablog.com

「ぺんぱるくらぶ」のとりくみはコチラ↓↓
zubunogakkou.hatenablog.com

ずぶの学校新聞 no.45

~自由になるための挑戦~



ついに9月から始まった「教育」の授業が終了しました。

 

授業の概要については、学校新聞no.43参照↓↓

zubunogakkou.hatenablog.com

 

これまでやってきたことをダイジェストでお届けします。



☆憧れの先生・大人について

鷲田清一氏の「若いひとに憧れられる存在に」ということばがずっと心に残っているので、まずは9人に自己紹介的に「憧れるおとな」についての作文を書いてもらいました。それぞれがどんな先生やおとなに出会ってきたのか、ふりかえってみてどういうところがよかったと思うか(それが目指すべきおとなの在り方、「教育」というものなのかもしれない)を語ってもらいました。



平田オリザ×北川達夫『ニッポンには対話がない』の読書会

劇作家平田オリザ氏と元外交官北川達夫氏の対談の一章を読んで、そこに書いてあることで、共感すること、それはどうかな?と思うこと、わからないこと、思い出したこと、経験、エピソードなどを一人ずつ発表してもらい、感想を述べあい、また印象に残った感想に感想を書いて紙にまとめる、ということをしました。



☆対話空間のデザイン

上記の文章の中に出てきた「対話空間のデザイン」ということばを実践してみようということで、発言が一部のひとに偏らないよう、いろんなひとが話しやすい空間づくり、フォーメーションを3人グループで3案(Aみんなではなすとき、Bグループで話すとき C発表するとき)ずつ計9案考えてもらいました。その後の授業はその中から選んだ、毎回違うフォーメーションで授業を行いました。



☆対話劇「誠実な言い訳」

一方的に「罪」とされたことや、納得いかなかったことなど、それぞれの経験を話し合い、見ているひとに説得力のある「表現」にするため、別の3人グループになって「対話劇」という形の創作をしました。私も演劇に関しては(も)素人なので専門家的コメントはできないのですが、フィンランドでは「今日学んだことを劇にしてみましょう」というような「まとめ」のしかたがあると上記の文章にあり、それはいいなと思ったので、まずは「やってみる」ということが大事かなと思い、挑戦したのでした。



☆正解のない問題に取り組む(インタビュー)

冬休みには、普段それぞれが疑問に思っていることを、身近なおとな(できるだけあこがれのひと)にインタビューする(対話する)ということをしてきてもらい、レポート作りと発表をしてもらいました。インタビューしたからといって答えが分かるといった簡単な問いではないですが(答えはないので)、自分が考える上での新たな発見があればいいのではないかなと思っていました。
体罰は必要か」「教育の問題点は」「生徒の褒め方」「幸せといじめについて」「結婚とは」「友達と親友の違い」「生き方、進路の決定方法」など…



☆ポスターセッション

 2月6日の「ポスターセッション」(ポスターを展示して来場者に見てもらい話をするというもの)に向けて、みんなでしたいことを出しあい、一人ワンリーダー制で、積極的に取り組んでもらいました。


《したいこと一覧》

お茶/音楽かける/看板/教育でやってきたこと紹介/スライドショー(映像)/大学に潜入する(大学生・教授にインタビュー)/先生全員にインタビュー/教育語録/ステージ発表/メッセージ書いてもらう

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空間づくり模索中の図

 

お茶と音楽以外は最終的にかなったかな、と思うとしたいことを書き出してみるのはいいですね。私はほとんど何も言っていない(するなと言わなかっただけ)けれど、自分たちで考えて動いていたのがとても感動的でした。これが「主体的」ということではないか? 「民主主義」では? 私は私でしたかったこと、平田氏、鷲田氏、外山滋比古氏等の文章を先生方ご覧いただけ、プリントも配布できました。生徒たちはおのずから授業中に出た名言「ダメなことはダメはダメ!」「道徳は先生の価値観!」などの文言を教室中に貼りめぐらしてくれて感無量でした(かつ「POP」を意識して手作りのお花なども飾りました…!狂気♡)。

「対話空間」を意識した教室づくりをみんなでしたので、来場してくださった方との交流(こちらから一方的に話すだけではなく、相手の意見も積極的に聴くこと)も自然に成立していたように思います。

この日は特別ゲストで去年授業のアシスタントをしてくれた卒業生(学校新聞no.34参照)にもお越しいただき、励ましのコメントをいただけたのもとてもよかったです。

 


☆大学潜入

 2月7日にその卒業生と現在在学中の大阪樟蔭女子大学の学芸学科の先生にインタビュー、そして2月11日には、生徒二人とともに京都市立芸術大学の作品展に行ってきました。12月に旧ずぶ邸で展示をしてくれた学生さん(こちらの記事の采さん)の展示「わらしべマーケット」↓↓がグッドタイミングであったので。

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12月の展示の際、観に来てくださった哲学の先生にお会いできなかったので是非お話ししてみたかったこともあって、その学生さんに依頼して先生に都合を合わせていただきました(個人的には、教室の外に出る授業(?)をやってみたいと思っていたので夢かなう)。約一時間ほどのインタビューの中で、学校というものは本来「自由になるためにあるのではないか」ということばに私は喜びました(ただ現実は難しいですという文脈)

毎日の生活とか利害とかを少し脇に置いて、いったん立ち止まることのできる知性を養う場所。ひととの対話、交流を通して学びを深める場所。だからすぐに役に立ちそうにないこと、一見無意味なように見えること、あれこれ考えながら、なにかやってみたいことに打ち込む場所、それが「人間」が集まる「学校」なのかな、と改めて私の思う学校像(それは普通の学校とはやはり違うかもしれない)がはっきりしてきたように思いました。

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物々交換の展示「わらしべマーケット」にて 交換するやかまし(左)と采さん(右)

 

☆ホール発表

 2月20日にホールでこれまでの授業での取り組みと、大学潜入の報告をしました。7分という短い制限時間内でできる限り、何も知らないひとにもわかりやすいようパワーポイントだけでなく、実演(対話空間のフォーメーション)実物(物々交換した「猪の皮」と「柿の木の枝」)もまじえながら工夫した発表でとてもよかったと思っています。

 

 選択できる授業であるとはいえ、やはり強制感の漂う全体の雰囲気の中で、生徒たちは前に立つことの大変さを感じる時間にもなったようです。ホールでは、発表者と聞いている側での対話が成り立っていない(なぜか発表者が責められたり、笑われたりするような構図、雰囲気にすぐなる、まさに「対話がない」!)ので、それがもったいないと思いました。それは、運営する教師側の運び方(普段からの人間関係の希薄さも含めて)の問題が大きいかと思いますが、何かを上から教えたり、相手を恐縮させたり、論破したりする場ではなく、生徒たちに希望を持たせ、主体性を伸ばす場所だということ、先生方の認識をやわらかくしていくのにはまだまだ時間がかかりそうです。

 あまりにももったいないので運営に携われたらなぁとも一瞬思わないでもなかったですが、それは一朝一夕にどうにかなる話でもなし、やかましの学校での仕事はこれにて閉店ということで。種は蒔いたので、来年、再来年またその先まで…どんなふうに展開していくのか…乞うご期待!(私が期待!)嬉しかったのは、「来年、先生が誰になってもまた「教育」をとろうかな」と放課後数人が話していたことです。そう、先生じゃない、生徒が主人公なのだから。もう自分たちでどうにでもできる。頼もしい。若いひとは希望だ。引退する私への最高のはなむけのことばでした。

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かましみさき

第10回本の会に参加して ~テーマ「食とその周辺」~

赤坂憲雄『性食考』

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愛が空中で獲物を狙うハゲタカなら防ぎようないね
それじゃ何をわかちあおうか…

THE YELLOW MONKEY「聖なる海とサンシャイン」)

 

この曲を聴きながら、中勘助の「犬」という小説を読んでいて、愛するということが相手を殺し、食べ、自分のものにすることなのだという、日ごろ世間で隠されている残酷な一面についてしみじみと考えていた。人間は何かと気取っているが単なる動物の一種にすぎず、食事だけでなく、排泄もすれば、性交もする。「犬」では男女の虐待的な(センスのない)性生活(つまり「結婚」)を犬に置きかえて生々しく描かれているが、中の潔癖なまでの女性(弱者)に対する人権意識やナルシシズムから、性(男性、とりわけ老人、権威)への嫌悪感が示されているように感じる(当時そういう結婚生活を送っている女性が多かったのだろうと想像する)。ひいては人間の伝統的な家族生活(?)なるものの欺瞞を暴いていて、個人的には痛快であり、深い悟りを得た(閲覧注意)。
そんなとき、赤坂憲雄の『性食考』岩波書店・P159~)を読んで、「「性」と「死」は同時に登場したものである」 らしいと知った。中村桂子生命誌とは何か』によると細胞分裂の単細胞時代は「生」から「生」への連続しかなかったが、「性」ができてから「個(体)」ができ、同時に「死」ができたそうだ。「多様性」がさまざまな危機に対して、種が生き残る可能性を広げているという。しかし個体ができたことによって、「食うか食われるか」の戦争や差別や搾取、「モテるかモテないか」という愛憎のエンドレスリピート……てんやわんやの悲喜劇が生まれた。消費する、される。雇用する、される。扶養する、される。その与え奪う社会的なSEXにどれだけ合意し参加できるか、どれだけ相互に主体的になれるか、どれだけ民主的に行われる(せる)かが個々の幸福度を左右するのだろう。(やかましみさき)

 

 

sora-aozora2020.jimdofree.com

 

赤坂憲雄『性食考』についてはコチラにも↓↓

zubunogakkou.hatenablog.com