もやもやずぶちゃん

ずぶの学校のやかましみさきです。絵や文、俳句、ぬいぐるみの創作、人形劇、手作り作品のお店をしています。ワークショップ、オーダーメイド受付中。おたよりください。info@zubunogakkou.com

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老後は今

阪急淡路駅前にある

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の主人のひとりモリヤンヌちゃんに紹介してもらった本を読みました。

 

「ポリアモリー 複数の愛を生きる」深海菊絵(平凡社新書)

 

いきさつはこちら↓↓ 

山崎ナオコーラさんの本からのかんそうのようです…ナオコーラさんは高校一年生の生徒に教えてもらって冬休みに読みました。

 

ポリアモリーとは??

 

わたしたちの生きるモノガミー(一夫一婦の結婚※ずぶ注)社会では、一人の人間を愛し、貞操を貫くことこそが「誠実」な愛の証。いくら真に愛していようと、その相手が一人でない限り、自分の愛の「誠実さ」を伝える術がないのである。

だが、しかし……。

「複数の人を本気で愛している」という自分の気持ちに、嘘をつく必要はないのではないか?と考える人びとがいる。彼らは「<一対一>の愛だけが正しいわけではない」「愛は社会規範が保証するわけではない」「愛する人数は自分の意志で決めるべきだ」と主張し、新しい選択肢を加えた。

それは、同時に複数のパートナーと「誠実」に愛の関係を築くという道である。複数愛の可能性を探求する彼らは、自分たちの愛のかたちを「ポリアモリーpolyamory」と名付けた。

複数愛といっても、ポリアモリーには条件がある。それは自分と親密な関係にある全ての人に交際状況をオープンにし、合意の上で関係を持つこと。したがって、パートナーに隠れて複数の人と関係を持つようなことはポリアモリーではない。また、ポリアモリーは性的な関係を持つことを第一目的とするスワッピングの人間関係とも異なる。ポリアモリー実践者の目指す関係は、感情的にも身体的にも深く関わり合う持続的な関係である。

 

 深海さんがアメリカにフィールドワークに行き、ポリアモリー実践者へのインタビューを試みてまとめたのが本書。実際に出向き、インタビュー、対話を通して学ぶという民俗学的方法は私がやってきているやり方ドラクエでいうところのコマンド「はなす」。まずはなす)とも似ている気がして(勝手に)、上から目線じゃない謙虚な書きぶりに親しみを持ちました。(ご本人はまだ実践者ではないそう。)

 

逆にもっと自信を持ってもいいのでは?!と思うほどでしたが、デリケートな問題でもあり、また現代社会においてはマイノリティなので、きっと風当たりもきついのだろうと想像しました。

 

以下、ポリアモリーの考え方に個人的に共感した点をまとめてみます。

 

◎小説から着想を得て実践する

ポリアモリストが「ポリアモリー(的な関係)」を知ったきっかけの中で割と多いのが「文献」で、特に「SF小説」が多いらしい(P66~)

 

実はポリアモリーSF小説には深い関係がある。ポリアモリストの間でとりわけ有名なSF作家は、ロバート・ハインラインだ。彼の小説の特徴は、既存の社会規範に疑問を呈し、オルタナティブな性愛関係や家族を描く点にある。ハインライン自身もオープン・マリッジを実践していたようである。

ハインライン異星の客(Stranger in a Strange Land )』(邦訳一九六九)は、宗教やポリアモリー的な関係を扱った作品である。ストーリーを簡潔に述べると、火星人に育てられた地球人の男が、地球に帰って友人や恋人をつくりながら自分とは異なる地球人の思想を理解し、火星人の思想が反映された独自の宗教を開いていく、というあらすじである。この小説は「ヒッピーの聖典(バイブル)」と呼ばれ、当時の社会に多大な影響を与えた。驚いたことに、『異星の客』の熱狂的信者たちによって宗教団体まで創設されている。その宗教団体というのが、先に述べたペイガン(ペイガンは「異教徒」を意味し、キリスト教以前の多神教の信仰や自然崇拝を特徴とする、らしい※ずぶ注)の「全世界教会(Church of All Worlds)」なのである。

「ポリアモリー」という語をはじめて使用した人物に関しては諸説あるが、有力な説のひとつに全世界教会の創始者であるモーニング夫妻という説がある。(略)

このようにポリアモリーSF小説は切り離せない。しかし、現在はSF小説や対抗文化(カウンター・カルチャー)と全く関係のないところから、ポリアモリーに関心を持つ人びとが増えてきている。

 

実際、深海さんも高校生のときに読んだ江國香織の『きらきらひかる』が「ポリアモリー的な関係」に興味を持つきっかけになったそうだ。

 

映画や小説やドラマの設定を現実にしていく、というのはものすごく共感するポイントで、映画や小説やドラマは一種の理想郷として描かれていたりすることもあるだろうが、理想はイメージすれば着々と叶っていく(というか、ちからわざで叶えていく!という意志を持てばよい)と私は思う。別にあきらめなくてもよい、と思う。

 

私自身、3年ほど前に「ずぶの学校」を一種のフィクションとして建てた(?)わけだが、現在はあとから現実がついてきている節があると感じている。

 

私が参考にしている設定も多々あるのだろうが、一番は黒澤明氏のまあだだよという映画。漱石「坊ちゃん」「木曜会」(こちらは実話)渡辺崋山の絵(下)などもイメージの参考になっているかもしれない(おいおいリスト化したい)。

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渡辺崋山「一掃百態」


 なぜ家族は解散したら、友人は結婚したら、生徒は卒業したら、同僚は職場を辞めたら、関係が途絶えるのか。切りたい場合はそれでいいのですけど、ゆるくでも日常的につながっていることはできないものか…なぜ結婚していないと相手の抱えている問題に踏み込んでいけないのか、なぜ友人が結婚していたら、私は問題の当事者でいられなくなるのか。なぜ血がつながっていたら相手の問題にずかずか踏み込んでいける、踏み込まなければならないとさえ思っているのか、なぜ家庭や学校の中では法が犯されても放置されるのか…本当に「家族」で支え合って生きているか? 心を通わせているといえるだろうか? 本当に「家族」だけで支え合わなければならないか、家族とはどこからどこまでを指すのか…

 

人生に深く関わり合う持続的な関係はその意志、意識さえ持てば、一人一人がもっとできることはいっぱいあるんじゃないか?と思うわけです。

 

◎「老後」では遅い(老後とは?)

私は「老後」という言葉を聞くといつも違和感を感じる。自分にいわゆる「老後」があるとは思えないからだ。というかどこからが「老後」なのかわからないからだ。私はこの、生きることを前提にしたことばをもどかしく感じる。当たり前のように「老後」が来ると信じて生きていくことが私にはできない。人間は必ず死ぬし、老少不定の世の中なのであるから、死ぬ直前を「老後」とするなら、今日がすでに老後なのではないかと思う。老後がはじまっている、老後へのイメージに向けて具体的に動き出しておくのは今なのではないかと思う。老後、急に型にはまったような「幸せ」になることはできない。それを幸せと思えるとは思えない。今から幸せ(理想)について考え、熟議し、幸せへ向かっている、幸せの途中、幸せのさ中にいたい。その中で死んでいきたいと思う。

 

フィールド・エッセイ6 <他者>とともに生きる(P212~)

 

「理想的な場所は、ナガーノ? 家を購入する際に支払える金額、不明。月々の支払い1000ドル以下。人数10名くらい。理想はパートナーや仲の良い友人たちとみんなで協力し楽しく老後を過ごすこと」

ケイトは紙に書かれたものを読み上げた。

「これ書いたの、あなたね?」

ケイトは訝しげな顔でわたしに尋ねた。

「はい」

今日のミーティングのテーマは「グループ・リビング」。グループ・リビングとは、複数の人が集まって暮らす居住スタイルのことだ。ミーティングがはじまると紙が配られ、そこに自分がグループリビングを実践するなら、①理想的な場所はどこか ②家を共同購入する際に支払える金額 ③月々に支払える金額 ④どんな人と暮らしたいか ⑤人数 ⑥その他の理想、を記入せよ、ということだった。記入された紙はケイトのもとに集められ、彼女が一つ一つ読み上げていた。

(略)

「そもそも君はなぜ、グループ・リビングを老後に限定しているんだ?」

質問といより、批判の声だ。

「わたしは大学もありますし、パートナーは仕事もありますし」

そう答えると今度は30代の女性が「いいかしら」と切り出した。

わたしたちは夢について語っているけど、それは同時に現実可能なプロジェクトについて話し合っているってことなの。わたしは仕事もあるし、子育てもしているわ。あなた、現状でグループ・リビングするとしたら…」

彼女の発言で、このミーティングの主旨をはじめて理解した。

 

自分の理想の家族、友人関係、状況、つまり社会を作るのは一朝一夕でできることではない。すべてが思い通り、計画的にいくはずもなく、どんな状況にも対応できるように今からこつこつ努力や試行錯誤が必要なはずだ。これは職場でその場限りの人間関係を円満にするために四苦八苦するよりもっと切実に大事なことではないかと思う(実際に困ったときに職場のひとが助けてくれるような関係性ならいいのだけれども)。仕事に没頭して時間を消費しているばかりでは自分の幸せが何かを考え感じることのできないひとになると危惧する。多くのひとが考えることを先送りしている問題について、今考え、布石を打っておいたほうが未来につながる可能性はまだあるのではないか。そういうひとが増えれば、もう少しゆったりした社会になりそうだし、人々はもっと楽に(本当の意味で)なるのではないかと思う。

 

◎オルタナティブな家族創造 

 

フィールド・エッセイ6 つづき(P214~)

 

「理想的な場所は、ウエストハリウッド地域。購入の際に支払える金額は検討中。理想的な月々の支払いは1200ドル以下。人数は10名以下。理想は異なるジェネレーションから構成されるグループ・リビング」

ケイトは読み上げると、意味不明の言葉を明瞭に発した。

月は無慈悲な夜の女王(Moon is a Harsh Mistress)!」

後で知ったことだが、「月は無慈悲な夜の女王」というのは、ロバート・ハインラインSF小説のタイトルである。この小説には「ライン・マリッジ」と呼ばれる異なるジェネレーションの人びとからなる複数婚が描かれている。

 これを書いたのは、60代後半のウィリアムだった。彼はわたしがインタビューしたなかで最年長の男性で、現在一人暮らしをしている。彼はヴェトナム戦争経験者であり、戦場で多くの友人を亡くした。生をいかに豊かに生きてゆくことができるのか。この問いを強く意識するようになったのは、ほかでもなく戦争の体験である、とウィリアムはいう。帰還後、彼は関心のあることに次々と挑戦した。そのなかの一つが、既存の結婚のスタイルに囚われない生き方であり、当時の妻とともに「ファミリー・シナジーのメンバーになった。

「ファミリー・シナジーはコミューンではない。オルタナティブな家族を築いている人びとのサポート教育グループだ。ファミリー・シナジーの理念は、自分とは異なる<他者>を認めよう。それだけだ。」

シナジーという言葉は、「相乗効果(協働)」である。ウィリアムは<他者>との協働について、二つに分けてわたしに説明した。

「一つは、自分とは異なる家族を築いている<他者>との協働だ。モノガミーのファミリー、ゲイ・レズビアンファミリー、シングルマザー・ペアレント・ファミリー、ステップファミリー、ポリファミリー。アメリカにはさまざまな家族のかたちがある。みんな大切な人と暮らしているだけだ。もし隣の家が自分と異なるファミリーであっても、受け入れ、助け合うことができたら日常は豊かになろう

 もう一つは、家族内の<他者>を受け入れることから生じる。血や法の絆があるかどうか、一緒に住んでいるかどうか、あるいはセクシュアリティの違い、ジェネレーションの違い、それらに関係なく互いを認め、ともに生きていければ、素晴らしい相乗効果が期待できよう。自分とは異なる<他者>を受け入れることは、自分の人生を豊かにする道具(ツール)になりうると信じている」

 

私は、ひとつひとつの家族は「~ファミリー」という便宜的な枠にあてはめることはできない固有のものなので、「もし隣の家が自分と異なるファミリーであっても」ではなく、「隣の家は自分とは異なるファミリーであるが」だと思う。

 

「ポリアモリー」について、私が共感した部分は以上のようなことだった。

 

わたしは「愛」と「アモリー」が同じものなのかどうか、「日本」と「アメリカ」の価値観の相違、「家」制度の歴史の相違があるように思うので、そのあたりのギャップによる(?)違和感はぬぐえない。なので、「おわりに 日本のポリアモリスト」以降の事例には若干上滑りのような感触があった(「ポリアモリー」は性的関係を第一目的とする「スワッピング」とは違う点は共感)

 

なんにせよ、「対話」の文化・土壌がない日本(日本語)(そして「家」の中は最もそれに乏しい傾向にある)で、「オープン」「合意」「責任」「誠実」「自由」「協力」「コミュニケ―ション」「信頼」「尊敬」「感情」「持続的」を肯定的にとらえる「ポリアモリーを急に実践しようにもレベルが高すぎるようにも思う。

 

わたし自身、欧米的な「アモリー」をあまり持ってないように感じる。「こころ」「まごころ」「誠実」「思いやり」「やさしさ」「丁寧」「大切」「尊重」「人間と人間のつながり(仁義※)」というようなことばが、わたしにとっての「アモリー」の訳語かもしれない。

 

※仁義=古代中国、孟子の中心思想。仁は博愛の徳、義は悪を恥じ事の理非を区別する徳であり、いずれも人間に生得的と説く(性善説)、の方。

仁義(ジンギ)とは - コトバンク

 

モリーの表現には、ことばとからだ(行動)の両方が必要だと思う。というかむしろ「からだ」が先行している方が説得力がある。

 

ずぶ的ポリアモリーの実践として「宇宙友朋会」「ぺんぱるくらぶ」があり、ほそぼそと続いていて展開していっている最中なので、少しずつ紹介していけたらと思います。

 

「ことばとからだ」に関してはコチラ↓↓

zubunogakkou.hatenablog.com

「ぺんぱるくらぶ」のとりくみはコチラ↓↓
zubunogakkou.hatenablog.com

ずぶの学校新聞 no.45

~自由になるための挑戦~



ついに9月から始まった「教育」の授業が終了しました。

 

授業の概要については、学校新聞no.43参照↓↓

zubunogakkou.hatenablog.com

 

これまでやってきたことをダイジェストでお届けします。



☆憧れの先生・大人について

鷲田清一氏の「若いひとに憧れられる存在に」ということばがずっと心に残っているので、まずは9人に自己紹介的に「憧れるおとな」についての作文を書いてもらいました。それぞれがどんな先生やおとなに出会ってきたのか、ふりかえってみてどういうところがよかったと思うか(それが目指すべきおとなの在り方、「教育」というものなのかもしれない)を語ってもらいました。



平田オリザ×北川達夫『ニッポンには対話がない』の読書会

劇作家平田オリザ氏と元外交官北川達夫氏の対談の一章を読んで、そこに書いてあることで、共感すること、それはどうかな?と思うこと、わからないこと、思い出したこと、経験、エピソードなどを一人ずつ発表してもらい、感想を述べあい、また印象に残った感想に感想を書いて紙にまとめる、ということをしました。



☆対話空間のデザイン

上記の文章の中に出てきた「対話空間のデザイン」ということばを実践してみようということで、発言が一部のひとに偏らないよう、いろんなひとが話しやすい空間づくり、フォーメーションを3人グループで3案(Aみんなではなすとき、Bグループで話すとき C発表するとき)ずつ計9案考えてもらいました。その後の授業はその中から選んだ、毎回違うフォーメーションで授業を行いました。



☆対話劇「誠実な言い訳」

一方的に「罪」とされたことや、納得いかなかったことなど、それぞれの経験を話し合い、見ているひとに説得力のある「表現」にするため、別の3人グループになって「対話劇」という形の創作をしました。私も演劇に関しては(も)素人なので専門家的コメントはできないのですが、フィンランドでは「今日学んだことを劇にしてみましょう」というような「まとめ」のしかたがあると上記の文章にあり、それはいいなと思ったので、まずは「やってみる」ということが大事かなと思い、挑戦したのでした。



☆正解のない問題に取り組む(インタビュー)

冬休みには、普段それぞれが疑問に思っていることを、身近なおとな(できるだけあこがれのひと)にインタビューする(対話する)ということをしてきてもらい、レポート作りと発表をしてもらいました。インタビューしたからといって答えが分かるといった簡単な問いではないですが(答えはないので)、自分が考える上での新たな発見があればいいのではないかなと思っていました。
体罰は必要か」「教育の問題点は」「生徒の褒め方」「幸せといじめについて」「結婚とは」「友達と親友の違い」「生き方、進路の決定方法」など…



☆ポスターセッション

 2月6日の「ポスターセッション」(ポスターを展示して来場者に見てもらい話をするというもの)に向けて、みんなでしたいことを出しあい、一人ワンリーダー制で、積極的に取り組んでもらいました。


《したいこと一覧》

お茶/音楽かける/看板/教育でやってきたこと紹介/スライドショー(映像)/大学に潜入する(大学生・教授にインタビュー)/先生全員にインタビュー/教育語録/ステージ発表/メッセージ書いてもらう

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空間づくり模索中の図

 

お茶と音楽以外は最終的にかなったかな、と思うとしたいことを書き出してみるのはいいですね。私はほとんど何も言っていない(するなと言わなかっただけ)けれど、自分たちで考えて動いていたのがとても感動的でした。これが「主体的」ということではないか? 「民主主義」では? 私は私でしたかったこと、平田氏、鷲田氏、外山滋比古氏等の文章を先生方ご覧いただけ、プリントも配布できました。生徒たちはおのずから授業中に出た名言「ダメなことはダメはダメ!」「道徳は先生の価値観!」などの文言を教室中に貼りめぐらしてくれて感無量でした(かつ「POP」を意識して手作りのお花なども飾りました…!狂気♡)。

「対話空間」を意識した教室づくりをみんなでしたので、来場してくださった方との交流(こちらから一方的に話すだけではなく、相手の意見も積極的に聴くこと)も自然に成立していたように思います。

この日は特別ゲストで去年授業のアシスタントをしてくれた卒業生(学校新聞no.34参照)にもお越しいただき、励ましのコメントをいただけたのもとてもよかったです。

 


☆大学潜入

 2月7日にその卒業生と現在在学中の大阪樟蔭女子大学の学芸学科の先生にインタビュー、そして2月11日には、生徒二人とともに京都市立芸術大学の作品展に行ってきました。12月に旧ずぶ邸で展示をしてくれた学生さん(こちらの記事の采さん)の展示「わらしべマーケット」↓↓がグッドタイミングであったので。

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12月の展示の際、観に来てくださった哲学の先生にお会いできなかったので是非お話ししてみたかったこともあって、その学生さんに依頼して先生に都合を合わせていただきました(個人的には、教室の外に出る授業(?)をやってみたいと思っていたので夢かなう)。約一時間ほどのインタビューの中で、学校というものは本来「自由になるためにあるのではないか」ということばに私は喜びました(ただ現実は難しいですという文脈)

毎日の生活とか利害とかを少し脇に置いて、いったん立ち止まることのできる知性を養う場所。ひととの対話、交流を通して学びを深める場所。だからすぐに役に立ちそうにないこと、一見無意味なように見えること、あれこれ考えながら、なにかやってみたいことに打ち込む場所、それが「人間」が集まる「学校」なのかな、と改めて私の思う学校像(それは普通の学校とはやはり違うかもしれない)がはっきりしてきたように思いました。

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物々交換の展示「わらしべマーケット」にて 交換するやかまし(左)と采さん(右)

 

☆ホール発表

 2月20日にホールでこれまでの授業での取り組みと、大学潜入の報告をしました。7分という短い制限時間内でできる限り、何も知らないひとにもわかりやすいようパワーポイントだけでなく、実演(対話空間のフォーメーション)実物(物々交換した「猪の皮」と「柿の木の枝」)もまじえながら工夫した発表でとてもよかったと思っています。

 

 選択できる授業であるとはいえ、やはり強制感の漂う全体の雰囲気の中で、生徒たちは前に立つことの大変さを感じる時間にもなったようです。ホールでは、発表者と聞いている側での対話が成り立っていない(なぜか発表者が責められたり、笑われたりするような構図、雰囲気にすぐなる、まさに「対話がない」!)ので、それがもったいないと思いました。それは、運営する教師側の運び方(普段からの人間関係の希薄さも含めて)の問題が大きいかと思いますが、何かを上から教えたり、相手を恐縮させたり、論破したりする場ではなく、生徒たちに希望を持たせ、主体性を伸ばす場所だということ、先生方の認識をやわらかくしていくのにはまだまだ時間がかかりそうです。

 あまりにももったいないので運営に携われたらなぁとも一瞬思わないでもなかったですが、それは一朝一夕にどうにかなる話でもなし、やかましの学校での仕事はこれにて閉店ということで。種は蒔いたので、来年、再来年またその先まで…どんなふうに展開していくのか…乞うご期待!(私が期待!)嬉しかったのは、「来年、先生が誰になってもまた「教育」をとろうかな」と放課後数人が話していたことです。そう、先生じゃない、生徒が主人公なのだから。もう自分たちでどうにでもできる。頼もしい。若いひとは希望だ。引退する私への最高のはなむけのことばでした。

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かましみさき

第10回本の会に参加して ~テーマ「食とその周辺」~

赤坂憲雄『性食考』

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愛が空中で獲物を狙うハゲタカなら防ぎようないね
それじゃ何をわかちあおうか…

THE YELLOW MONKEY「聖なる海とサンシャイン」)

 

この曲を聴きながら、中勘助の「犬」という小説を読んでいて、愛するということが相手を殺し、食べ、自分のものにすることなのだという、日ごろ世間で隠されている残酷な一面についてしみじみと考えていた。人間は何かと気取っているが単なる動物の一種にすぎず、食事だけでなく、排泄もすれば、性交もする。「犬」では男女の虐待的な(センスのない)性生活(つまり「結婚」)を犬に置きかえて生々しく描かれているが、中の潔癖なまでの女性(弱者)に対する人権意識やナルシシズムから、性(男性、とりわけ老人、権威)への嫌悪感が示されているように感じる(当時そういう結婚生活を送っている女性が多かったのだろうと想像する)。ひいては人間の伝統的な家族生活(?)なるものの欺瞞を暴いていて、個人的には痛快であり、深い悟りを得た(閲覧注意)。
そんなとき、赤坂憲雄の『性食考』岩波書店・P159~)を読んで、「「性」と「死」は同時に登場したものである」 らしいと知った。中村桂子生命誌とは何か』によると細胞分裂の単細胞時代は「生」から「生」への連続しかなかったが、「性」ができてから「個(体)」ができ、同時に「死」ができたそうだ。「多様性」がさまざまな危機に対して、種が生き残る可能性を広げているという。しかし個体ができたことによって、「食うか食われるか」の戦争や差別や搾取、「モテるかモテないか」という愛憎のエンドレスリピート……てんやわんやの悲喜劇が生まれた。消費する、される。雇用する、される。扶養する、される。その与え奪う社会的なSEXにどれだけ合意し参加できるか、どれだけ相互に主体的になれるか、どれだけ民主的に行われる(せる)かが個々の幸福度を左右するのだろう。(やかましみさき)

 

 

sora-aozora2020.jimdofree.com

 

赤坂憲雄『性食考』についてはコチラにも↓↓

zubunogakkou.hatenablog.com

ずぶの学校新聞 no.44

~人形と労働と私~



10月末に、大阪西区にあるイサオビルで開催されている青空週末図書館へ行きました。そこで今回のフリーペーパーずぶぬれに寄稿していただいた岡本マサヒロさんがファシリテーターをつとめる「本の会」に初参加。テーマがあったりなかったりする中で(その回のテーマは「生老病死」)参加者が本の紹介をする会なのですが、人生経験豊富な参加者の方々はあたたかく、タブーもなくて(なんでも話せる!)とても居心地が良いです(岡本さんのファシリテーションが絶妙)。また岡本さんが集めた選りすぐりの本が並ぶ本棚は私のセンスにもマッチしていて民俗学系に興味あり)読書の意欲がわきます。

そのときにお借りしたのが土方浩平氏「おんどりの歌~人形劇に生きる~」。人形劇団「おんどり座」を創設した土方さんのほぼ一代記、自伝のようなものです。1905年生まれの波乱万丈の一生。北海道で生まれ、山形県で育った貧しい幼少期、東京に出て13歳から塗装店に住み込みで働き始め、小さなストライキを発案したり、仕事の合間にゴーリキーなどの文学に関心を持って小説を書いて投稿したり、関東大震災でデマにより「朝鮮人」や「社会主義者」が殺害される様子(すぐひとが殺される)や、戦前戦中の弾圧を受けながらの(すぐひとが殺される)苦しい演劇活動の様子、戦後人形劇団おんどり座(「ふてぶてしい」「愛くるしい」人形たちと!)を結成し、信州にて活動する様子が淡々と、しかし情熱を持って描かれています。ところどころに有名な文学者の周縁のひとたち(一葉女史の妹や、多喜二の母や、菊池寛など)が登場するのも庶民目線でおもしろい。一市民の素朴な声、奮闘の記録という感じがして感動と共感を覚えます。今までに読んだことのなかった系統の本でした。高校、大学生のときはプロレタリア文学などの社会的、政治的な文学を嫌っていたのに(グルメになってきた感…)、「労働」が私を変えた部分はずいぶん大きいなあと思います。ゴーリキー読めるかな?

今日は学校の最終日で特にすることもないのでチェブラーシカを観ました(二回目、去年も観せた)。私個人では100回は観ているのではないかと思うのですが、何度観てもいいです。映像も、音楽も、内容も。

第一話は正体不明の生き物である「ばったりたおれやさん(チェブラーシカ)」(うまく立てない)が、動物園で働こうとするけど、正体不明という理由で受け入れられず(マイノリティなのです)、環境の悪い電話ボックスに住まされることに。動物園で働く(服を脱いでさらしものになるという屈辱的な労働)若い紳士のワニのゲーナは終業後家に帰ってもひとりぼっちで寂しいので、友達募集のペーパー(!)を作って街のあちこちに貼ります。それを見てやってきたチェブラーシカや集まったひとたちがたくさんいて、ゲーナは「この国には友達のいないひとが多すぎる」と嘆き、「みんなの家」をみんなで作ることを思いつきます。家が完成し、ゲーナが「友達のいないひとは名簿に登録してください」というと、キリンのひとが「そんなの必要ない、わたしたちはもう友達よ」と言います。「じゃあこの家はいらないの?」とチェブラーシカが悲しげに言うと、女の子に「そんなことない! あなたが住めばいいわ」と言われ、チェブラーシカは「じゃあここは幼稚園にしよう。ぼくはおもちゃとして働くから」と言うのです!(けなげ!そんなにまでして「働く」のか!涙)

フリーペーパー、友達募集、みんなの家、作る、幼稚園、おもちゃ……何か聞き覚えがあるような……(学校で「おもちゃとして」働けばええねん先生は)

チェブラーシカ」第一話は、旧ソビエト時代の1969年に製作された人形アニメーションです。古びない…(と思うのは私だけか?)20世紀はこういう時代だったんだなと振り返りつつ、なんとなく今の自分と重ね合わせてしまいます。(ロシアに行ってみたい…)

 

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ずぶぬれ vol.7 アンチ☆テンプレートパレード

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ずぶぬれ vol.7 表紙

よだんのよだん(巻末コラム)

 

▽ついにパレードの夢叶いました。黒澤明氏の「夢」という映画は、夏目漱石の「夢十夜」風に夢の短編オムニバス形式の映画なのですが、そのひとつに水車のある村の夢があります。そこで繰り広げられる村人たちによる明るい葬送のパレードのシーン。こういう冠婚葬祭の儀式って愉快でいいなぁとずっと憧れていたのでした。今回ずぶとじぶは「新長田アートマフィア」による初主催イベント「藝賭せ(げいとせ)」に参加し、神戸新長田のまちをうろつき取材しながら、地域のお店や施設のラジオCMを制作し、パフォーマンスとして上演しながら商店街を練り歩きました。オリジナルダンス、オリジナル楽器、オリジナル音楽、オリジナル衣装(ぬいぐるみ)……多くのひとに協力してもらってやっと叶った夢でした。謝謝!

 

www.youtube.com

 

▽一年を振り返ってみると「テンプレート(型)から脱する」ということをずっと心がけてきたように思います。当たり前に思って見直したことのなかったことを見直すと、今ここにあるものの価値が改めて感じられるようになってきた気がします。あるものをどうやって生かすのかを考えることが「創る」ということなんじゃないか? 自分自身も、人間関係もそうで、現実をよく見て、本心をよく聴いて、どうするかを考えていくところからしか、納得のいく進路、自分や社会を切り拓けないのではないでしょうか。

 

「やめる」ということは、確かに挫折の経験とも言えるかもしれません。が、本当に自分が納得のいくように「やる(生きる)」ためには一度やめてみることも必要なのかもしれない。何事かをやったあとには必ずやめるが来るのです。それは悪いことなどではなく当然の理。CM制作で取材したクライミングジムで教えていただいたことがあります。まずやる前に「オブザベーション(イメージトレーニング)」する、そのあと実際に「ムーブ(動く)」しながら「トライ(やってみる)」するということです。そして初心者は楽しくてやり続けがちなのですが、時には「レスト(休憩)」をするべしということでした。でないと思わぬところが筋肉痛になったりするそうです。

 

▽確かにそう。休憩が足りない現代人。もっとばかを休み休みしないと息苦しい。そういうストレスが積もり積もって病気になったり、犯罪を犯したりしてしまうのではないでしょうか。仕事を休んだら迷惑がかかると思ってしまうが、本当はぼちぼち休んで遊んでいる方がよっぽど迷惑がかからないのに……傍からはいくらでも言えるが囚われの身には難しい。いっせーのーででやめちまいたいことは無限にある。とりあえず、やかまし学校やめるってよ。

 

 

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かまし みさき(赤松 みさき)

1986年大阪生まれ。中・高国語教師をしながら15年にゆるいまなびや「ずぶの学校」を開校し、校長に就任。2017年、高校時代からの友人中西ちさとさん(じぶ)と参加型パフォーマンスユニットずぶとじぶを結成。今年11月神戸新長田にて「ずぶとじぶの新長田こまーしゃるパレード」を行いました。

 


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ライブハウスZUBU(あるいはブティックZUBU)

現在、旧ずぶ邸では版画と彫刻の三人展「おじゃましてます。」を開催しています。

(12月6日~9日まで)

 

京都市立芸大三回生の采(うね)さん、樋口さん、玉岡さんによる展示です。

 

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玉岡さんはとある高校の卒業生で、ずぶとは、ずぶの学校開校以来、見守り見守られてきた間柄。

 

浪人時代は開校ほやほやのずぶの学校(中崎町校舎)にちょくちょく息抜きに来てくれていました。

 

初日(6日)の夜は三人が集まれるラストナイトということで、ピザを食べながらお話を伺う会を設けさせてもらいました。

 

私の疑問ナウ ~マイテーマ~

・アートとは? 社会とは? 教育とは?

・制作は療法(癒し)ではだめなのか? 反動、逃避…

 

今読んでいる本(BGB=バック・グラウンド・ブック)
鷲田清一氏の「素手のふるまい」

 

進路の決め方は?

A:「(いい意味で)ゆるそうだったから」

 

センス(センサー)のままに、正直に進路選択をしていていいなぁと思いました。

三人とも浪人時代を経ていて、根気(とそれを許す環境)がないとできないことだとも。

私も好きな方、楽しいと思う方に向かった。大学に関しては、なりゆきまかせでしたが、自分に合った大学だったと感じています。

 

大学の授業はどんな感じなのでしょう?

A:「基本的に合評(評価)に向けて制作する」

科によって異なるが合評のペースは月一や半年に一回。

偉い(?)おじさんたちに囲まれて、主に技術についてなんやかんや言われる。

 

結果…


樋口さん「好きなものが何かわからなくなってきた」
玉岡さん「自分はこなす方が得意かもしれない」
采さん「はやく牧場に行きたい」(牧場に就職されるそうです!)

 

内部での評価を気にしすぎるとモチベーションが下がる。気が進まないことに向けて制作する(勉強する)のは意欲や才能を潰すと感じる。空気を読んだ作品作り(解答)。評価する側とされる側にかっきり分かれ、お互いに心を閉ざしている状態で果たして「教育」が発動しているのだろうか。そのあたりの現状は(教える側も実はなんだかよくわかっていない模様であるあたりも)結局高校と同じだったのでがっかりした。淀んだ空気。閉ざされたムラの中で自由な作品を作るのは無理だと思う(自由な作品は求められていない?)。

 

(そういえば自分が学生のとき、椎名林檎さんの歌詞について研究したいと言ってる子がいたし、言われてみれば、私もスピッツ草野マサムネさんの歌詞を研究したいと思ったけど、おかたい「文学」部ではそういうことはゆるされないのでした。それは趣味でやることなのか…? 人文社会学ならゆるされるのかもしれないが、では文学とは…? 学問とは? 混乱…先生の「文学」の解釈の範囲内にいることが専門性なのだろうか…? 大学の外の世界の方がよっぽど自由で生き生きしていると感じる…)

 

技術を学ぶというのは黙ってコツコツやる(こなす)べきことなのか?

そうしたい、そうなりたいという目標のないところで技術だけを追い求めることが私にはできない。

 

私も大学生のとき、今やっていることに対してずっと副音声がほしいと思っていた(それを求めて本を読んでいた)。どういうふうに考えてどういう態度で論文(就活も同じか)に取り組めばいいのか、取り組んでいるのか?

 

そこは「自分で考えること」なのだろうか。卒業のための単位がいるから、お金が必要だからと、切迫した必要に迫られてとりいそぎやるものなのか……?(やってみてもいいのだろうけど、やってみたんだけど…)

 

とりあえず先生は、生徒の一番最初の(目に見える)目標(対象)となるようなときめき、やる気を起こさせるようなひと、あるいは場であらねば、生徒をのばすことはできないと思う。

 

自分が話しかけたい相手、外に向かって、特定の誰か、どこかに向かってでないと、何かを投げかける気にならない。内に向かうのではなく、その外を目がける視点が「社会性」なのではないかと思う。

 

「スキルとよばれるものは、隣の芝生に行って発揮されなければじつはだめなんじゃないか。」いいかえると、「アーティストがアーティストとしてアートの分野で何かをするのは基本的にあたりまえ」のことであって、「違う言語に翻訳されて、それが活用される」ことこそスキルというべきものであり、「違う分野に出かけて行って、アートで培った何かをそこに翻訳し、何かを作れる」ことではじめてアートとなりうるのではないか、と。アーティストとは、いってみれば「隣の芝生に行けるパスポートをもっている人」のことだと。

(小山田徹 インタビュー「触れられる未来」『素手のふるまい』より引用)

 

大学のいいところは…

A:「学生の主体性(信念、信仰)」

「好きなものがあるのは気持ち悪い、おもしろい」

好きなものがあるひとが多数派の芸大生はおもしろいひとが多いようです。同調圧力をずっと感じて生きてきたから、そういう意味では気が楽な場所かも。

 


制作は療法ではだめなのか。おたく的、雑貨的なもの、娯楽、趣味的なものと、作品(芸術性、学問性)の差はあるのか。

A:「療法でいい」

 

作品は療法で手すさびで構わないと思う。そこが原動力だから。そういうひきこもりがちな、病的な、適当な、未完の初期作品が好きなのだった。

そうした術は、どこかで行き詰ったとき、生きていられないほど困ったとき、魔法のように社会に開いていく力を持っていると思う。そうやって救いや現実の変化につなげることができる場合もあるのではないかと思う。

他人を生かすことが自分を生かすことになる。私も自分のことを書くより、思いを馳せる(重ねる)相手がいる方がやる気が出たり、必要性、緊急性を感じたりする。社会は自分であり、自分は社会なのだった。自分が変わると社会が変わる。

意識の変容、人間の変容のための「術」とは、このような風景(東北の震災)を前にした、危機的な人間のために施されるべきものかもしれないと思える…(略)

少なくとも、「術」は独立した状態で誰かに見せるものではなく、「術」として使われるべきものではないかと。

(中略)

いまは落ち着いて、自身の「アート」の契機について思い出し、あるいは新しい契機を発見し、その契機に対していま自分が行える返答を、ひとつずつ試し、送り、自らの「術=アート」として磨いてゆくほかないと思う。

畠山直哉『3.11とアーティスト 進行形の記録』/『素手のふるまい』より引用)

 

使われる=動かす(プレイ)=生かす

術=とんち、センス、工夫、魔法

 

ぬいぐるみもずぶ邸も使われてなんぼなのだ!

だが雑に使われるのはいやなんだ!

この葛藤。

 

使う側と使われる側がはっきり分かれないように。

人間関係を丁寧に築きたい。

 

アートにも教育にも福祉にも宗教にも所属できないずぶは「ずぶというアート」を生かして、そのどれでもありたい。自分も他人も生かしつつ社会に根を張って、進路を切り拓いていこう。そういう存在のしかたを模索したい。

 

 

表現とはけっして個人のプロジェクトではない。とはいえそれは、なにかある同一の価値を携えて向かうということでもない。それはいってみればもっと非決定的なものであろう。個人の内なる動機とか衝迫とかから引きだされる必然として制作はあるのではなく、他者に晒され、ときに他者に身をあずけることで、つねにおなじように「わたし」であろうとする強迫から解き放たれる、そのような偶然を孕んだ可能性、それをたぐり寄せる行為として制作はある。その可能性は、じぶんとは別の存在、つまりは他者との偶然の遭遇によって他者の方からいわばわたしに贈られるものだ。がわたしの存在もまたみずからそうと気づくことなく、それを他者に贈り返している。

(『素手のふるまい』)

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(おまけ)
とりあえず私は学校を辞めて「ブティックばばあ」(妖怪風に)になろうと思う。

 

「各学校に保健室、図書館だけでなく、畳の部屋におばあちゃんが要る!」

「コンビニぐらいそういう場所があったらいいのに…」

 

とりあえずずぶはそういう場所になろうと思う。

ずぶはライブハウスのおばあちゃんになろう。

采さんは牧場で「民宿をしたい」と言う!

それはサイコーだねっっ民宿のおばあちゃんになろう。

 

そんなこんなしていると
おばあちゃんが必殺「あずきバー」を持ってきた!!

(おばあちゃんというアート、魔法ですね)

 

すると樋口さんが泣き出してしまった。え!! どうしたの?!

芸大に行くことを応援してくれたおじいちゃんとおばあちゃんは浪人中に亡くなってしまったそうです。そうや、樋口さんはおじいちゃんとおばあちゃんに向けて作品を作ったらええなぁ…(勝手にゆうてみる)

 

三人が今後どんなふうに術を発動していくのか楽しみです。

 

第7回本の会に参加して ~テーマ「生老病死」~

リンドグレーン『やかまし村のこどもたち』

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 自分の名字は旧姓のとき、とても嫌いだった。結婚はいろんな意味で、自分にとって逃避だった。もとの家族からの。それで名字が変わることに積極的だったし、わくわくした。学校でその名前(あかまつ)に「先生」をつけて呼ばれても、痛くもかゆくもなかったのは自分の名前じゃないし~と変装している気分でいたからだろう。「ずぶの学校」をはじめて自分で活動するようになったとき、今度は結婚していることが嫌になった。自分の活動だから、人の名前で活動することに違和感がある。もんもん……。今年の春にリンドグレーンの「やかまし村のこどもたち」という本を教わり、感銘を受けて、ずぶの学校で「やかまし村の種まき祭」というイベントを開き、人形劇をした。三軒の家に住む計六人のこどもたちのにぎやかな日常は、傍から見れば、ただ遊んでいるだけで牧歌的でイージーモードやんと思われるかもしれないが、本人たちは真剣だし喜怒哀楽、生老病死(隠喩的な…こじつけ?)、学びがあり、生き生きとした人間の理想郷だ。遊びは学び。ずぶの学校はある意味「やかまし村」なんだ…おお! そしたら私は今までどこのだれだか分らなかったけど、「やかまし村の」ミーサなんだ!(あ、名前は「みさき」です)というふうに考えるに至り、「あかまつ」と「やかまし」が二字違いだという嬉しい発見が「変えるしかない」という確信、「変えたい」という衝動に拍車をかけた。ちょうどそのころには文章を書くことも増えていて、自分のことがやかましくてたまらなかったこともあり、ぴったりだ、これしかない!と思った。私の理想の、生まれて生きて死にゆく場所。私のお墓、金字塔! …気が変わったらまた変わるかもしれません。(やかましみさき)

zubunogakkou.hatenablog.com

 

青空週末図書館&カフェ通信「本の青空 No.10(2018.11月25日号)」所収

sora-aozora2020.jimdofree.com