もやもやずぶちゃん

ずぶの学校のやかましみさきです。絵や文、俳句、ぬいぐるみの創作、人形劇、手作り作品のお店、表現の家を開いています。ワークショップ、オーダーメイド受付中。おたよりください。info@zubunogakkou.com

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絵や文、ぬいぐるみの創作、人形劇をしながら

手作り作品、落とし物のお店、表現の家を開いています。

ワークショップ、オーダーメイドも受付中!

おたより待ってます。

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ずぶの学校新聞 no.13

~みなブラザー~

 

 

“Imagine there's no countries”ジョン・レノン

 

国境は人間が作った線だが、

となると宇宙に人間が作った線でないものはない(認識できない)

ことに気が付きだす。

都道府県、市町村、地域、家族、男女、年齢、何もかも。

自分と他人でさえも。

ことばが線をひくのか。

枠で囲むのか。

フェンスや柵、壁には緊張感が漂う。

線や枠は不安の表れのように感じる。

確かに、あいまいな状態で居続けるのはしんどいし、

いつも心をオープンにしておくのは勇気のいることである。

新しく出会ったひとと話をするときに、

先入観で、自ら線をひいてしまっていることがあるかもしれない。

しかし仲良くなるにつれて、

その線が消えていく。

あるいは、分かり合えず線が濃くなることもあるだろう。

 

自分の家族や国を大切にするのはいいが、

その外にいる(とみなした)人を大切にできないとしたらがっかりする。

自分も他人もだいたい同じだろうと思うところから、

思いやりは始まる。

自分に大切なものがあるように、

他人にも大切なものがあるのだ。

そこは是非とも尊重すべきところだ。

やはり、イマジンが必要なのだ。

 

私の祖母は、よく隣の女性に話しかける。

道端で、お店で、電車で。知らないひとであっても、

一向に平気だ。

相手も平気に応じる場合(それは多く同年代の女性であろうか)、

二人には自他の区別などないように見受けられる。

 

人を育てたり、人と別れたり、積み重なった歳月の重みか、

想像力とは年々レベルアップする能力なのかもしれない。

グランドマザーとは偉大な存在だ。

 

学校で開かれた人権問題の職員研修会のあと、

若い先生たちで難しい議論を交わすことがあった。

おのおの今までの自分の考え方について反省させられ、

複雑な表情でいた。

帰り際、チャーミングな体育の先生Ms.ヤマダが、

ばっさり総括してくれたことばが今でも心に残っている。

 

「要するに、みなブラザーってことっスね!」

 

え・ゴッホ「囲いのある麦畑」

ぶん・あかまつみさき

 (和漢の戦国時代ものにはまる。乱世もつらいよ。万物斉同。)

 

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