もやもやずぶちゃん

ずぶの学校のやかましみさきです。絵や文、俳句、ぬいぐるみの創作、人形劇、手作り作品のお店をしています。ワークショップ、オーダーメイド受付中。おたよりください。info@zubunogakkou.com

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絵や文、ぬいぐるみの創作、人形劇、手作り作品のお店、

表現の家(ライブハウス)をしています。

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ずぶ、ラジオをはじめる

3月末に、卒業生の女の子に

「ずぶ、ラジオやったら?!」

と言われて、恥ずかしながらラジオをはじめた。

(今はだれでも簡単にできる時代)

 

 

それもあって、この一か月は書くことから少し遠のいて過ごしていた。

 

学校の授業でもラジオ形式を取り入れて、生徒からもらったおたよりを読みながら

関係のない会話をしながらすすめるという方法で古典の授業をしたりした経験から

ラジオは自分にとって割と身近な方法だと思ってもいた矢先のことだった。

 

 

授業とラジオと公演

 

授業と公演の違いは、やはり準備(人間関係作りも含む)の差。

 

公演は打ち合わせ、リサーチ、クリエーション、広報、リハーサルなど本番までにさまざまな難関がある。たとえひとりで公演するとしても、音響や照明、撮影、などなど必ず誰かに手伝ってもらうことがあるだろうと思う。

 

だが授業はどうだろう? その時間、教室に行けば、はじまってしまう。チャイムが鳴れば終わり。よくよく考えれば、学校という組織自体に、その場をおぜん立て(演出)してもらって自分はそこにそれらしく立つということなのだが、組織なもんで誰にそうしてもらっているか(そうさせられているか)分からない状態、つまり、ひとりぼっちで前に立つことになる。

 

しかも授業準備というのは、往々にして「内容」の準備であって、「表現」の準備は少なめ(特に高校では)。いくら内容が整っていたとしても、表現がなければ伝わらないのに。むしろ表現(形式)のセンスの方が重要なんじゃ…? と思い始めたのが、偏差値が中間から下の層の学校に勤めて学んだ、いちばん大事なことのように思う。

 

それにしても、授業というのは多い。

週に3時間、下手したら4時間あることもある(ほぼ毎日やん)。

週に1時間、あるいは二週に1時間、あるいは一か月に1時間でもいいんじゃ…?

と私は思う。

それで1時間を90分、あるいは50分×2ぐらいにしてもよさそうなもんじゃ

と思う。

 

それぐらいでようやく準備ができそうだ。

というのは前に立つものだけでなく、学ぶ側にも(にこそ)なにかしらの準備と心の準備がいるのではないかと思う(人間関係作りも含む)。

 

自分で決めて納得してそこに行き、そこにいるということなしに

本当の「学び」は生まれないのではないか?

 

ひっきりなしに追われる授業というのは、お互いにストレスだ。

そういう状態で良好な関係を作るのはかなり難しい。

 

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で、こうなる。

 

現代文や古典にしても、ベテランになればなるほど同じ公演の場数を踏んで、ショー化し、思考停止していくのではないかと危惧する。

 

授業は先生の一方的な公演なのだろうか?

(「業を授ける」という言葉通りの意味ではそうかもしれない)

 

学ぶ側が自ら選んで、それを観たいならそれでもいいのかもしれないが、

学ぶ側主体の場づくり(という時点で学ぶ側が主体ではないおそれ…)というのはなかなか難しい。

 

先日、長年ファンだったDJマーキーさんのラジオの収録を観に行ったのだが、

もちろんひとりではなかった。スタッフはその場に3人いた。

 

  

ラジオは公演より授業に近いと思っていたのだが、

(「出たとこ勝負」感、「双方向」感、において)

出たとこ勝負だけど出たとこ勝負ではなかった。

 

音楽がかかっている間に、マーキーさんは紙(次のおたより?進行?)など入念にチェックしていた。

 

聴きやすい声というのは、大きいとかはっきりしているとかもあるだろうけど

「聴きたくなる声」ということだなと思った。

 

自分の話を聴いてもらえるし、読んでもらえるし、応えてもらえる声。

それをひとは聴きたいのではないかと思う。

 

授業の時間というか、教室という場所は、生徒にとっても、教師にとっても(立場関係なく)「学び」の場であってほしい。ひとりひとりが、そのとき話したいことを話せたらいいなと思う。

 

ひとは何をしていてもしていなくても「表現者」である自覚を持つべきだと思う。

したいからする、いたいからいるという認識を。

自分軸の主体性を。

 

部屋でひとりで録るラジオは、文を書くのに似ていた。

(一応勧めてくれた卒業生に向かって話しかけるつもりでやっています)

場によって変わる自分の声の変化をもう少し研究してみたいと思う。

 

 

△第一回 ずぶのひとりごと ~自己紹介①~
おそるおそる自己紹介しています。サティのグノシエンヌに歌詞をつけた「朝の歌〜自問〜」をぼそぼそ歌ってます。
https://www.spooncast.net/jp/cast/234166

△第二回 ずぶのねごと ~自己紹介②~
外山滋比古「思考の整理学」の一章と宮沢賢治の詩「告別」を読んでいます。ロングバージョンにチャレンジしてみました。
https://www.spooncast.net/jp/cast/236635

△第三回 ぼ~のぼ~のたいむ #0
孤独のグルメの話、ユニコさん出演の告知、石川啄木の歌。
https://www.spooncast.net/jp/cast/237818

△第四回 ユニコさんと ~新元号発表の日に~
4月1日、新元号発表の日にユニコさんにお話を伺いました。
https://www.spooncast.net/jp/cast/238495

△第五回 うねさん&たむたむさんと ~ずぶ邸でお茶~
芸大生のうねさんとご近所さんのタムタムさんとずぶ邸にてまったりしました。
https://www.spooncast.net/jp/cast/244901

△第六回 センスがないのは万死に値する~🖤
教員免許更新の葛藤をひとりごちました。
https://www.spooncast.net/jp/cast/257559

△第七回 『快晴元年のアップルパイ』出版記念お話会
ユニコさん著の『快晴元年のアップルパイ』の出版記念お話会@ずぶ邸 の第一部の模様。
https://www.spooncast.net/jp/cast/263792