もやもやずぶちゃん

ずぶの学校のやかましみさきです。絵や文、俳句、ぬいぐるみの創作、人形劇、手作り作品のお店をしています。ワークショップ、オーダーメイド受付中。おたよりください。info@zubunogakkou.com

ずぶの学校のやかましみさきです。

絵や文、ぬいぐるみの創作、人形劇、手作り作品のお店、

表現の家(ライブハウス)をしています。

ワークショップ、オーダーメイドも受付中!

おたより待ってます。

info@zubunogakkou.com

ずぶの学校新聞 no.46

~どこでもそのまま在るための模索~

 

学校を辞めて空白の時間ができるつもりでいた4月でしたが、なんだか前よりずっと忙しかった。なぜ…

 

本を編集・出版したり、出版記念お話会で表現者の方々のお話を伺ったり、フランスの芸術家の方とお話したり、クリエイターズマーケットに出たり、出るために準備したり、

 

そのような過程で「芸術」や「アート」と一口に言っても、ひとりひとり意味も方法もとらえ方が異なるのだということが、以前から知っていたけど最近強く思うことです。

 

私は自分がやっていることを「芸術」とも「教育」とも「福祉」とも言えない、よくわからない(わけられない)気持ちでいます。どのことばもあまり好きではない。

 

今日は奈良にダンスの公演「わたしのいちばん好きな道 奈良編」を観に行きました。

www.facebook.com

 

木村玲奈さんは、昨年の9月に旧ずぶ邸で踊っていただいたダンサーの方です。

zubunogakkou.hatenablog.com

私は玲奈さんの書く文章が好きで、前回のフリーペーパーずぶぬれにも投稿していただきました。

 

身体表現のことはよくわからないのですが、私は玲奈さんの「ダンス」の在り方が好きだということはわかります。自分がその土地、その場に在る意味のようなものを丁寧に体現されるその空間自体が作品で、それが玲奈さんの「ことば」なんだなと思います。

 

今回は、作品や文章が玲奈さんに少し似ている印象を持つ(私が勝手に持っているだけ)芸大生の采さん(昨年12月にずぶ邸で展示をしてくれた方)を誘って一緒に観に行ってきました(采さんは今回のずぶぬれに寄稿していただきました)。一人で行くのも好きだけど、一緒に行くのはいいなと思った一日でした。まちと作品の空気感を味わいながら、采さんの話も自分の話もじっくり聴けた。公演の数日前に送られてきたメールに、玲奈さんの手書きのマップがあって、そこに載っていたお店でエビフライ定食を食べながら(ここからもう公演がはじまっているようなもの)。
zubunogakkou.hatenablog.com

采さんとは三週間ほどまえにずぶ邸でお話したあと、ラインで少し作品についてことばを交わしていて、でもお互い意を尽くせないままになっていたので話すことはたくさんあった。

 

「どこでもそのまま在るっていうのはどういうことですか」

 

と聞かれて、私は自分がそんなことを言ったっけな?と思ったけど、でもそうだったなと思い直した。どこにいても、そのままそこにいたい。場にそうさせられるからするということをやめたい。自分がしたいからする、いたいからいるという方向性を間違いたくない。納得というか自覚というか。自分の足で立つというか。それはひとりよがりな感じではなく、自然にそうありたいと思うのですが、玲奈さんはどこでもそうあるような気がして憧れます。作品を観ているのが好きです。

土地や場の声に耳を澄ませてそこに、場とともに在るという姿勢が…

場にそうさせられるだけではないぞという意志をもってそこにいるような。

そして場とともに来客をもてなすというおおらかで繊細な気風というのか…

 

「もてなす」ということばは、采さんが12月の展示のあとに
「自分は「もてなし」がしたかったのかなと思う」と言っていたことが心に残っていて使っています。来年広島の牧場に就職予定で、土地や場に興味がある。

 

そういえば采さんも彫刻を専攻していて「立体」だったなぁと観ながら思っていた。最近自分が「立体作品」が好きだということに再度気が付いたから。場に「在る」「居る」ということのおもしろさ、希望。

 

さらに言えば、それを自分が動かす(自分が場によって動かされる)ということが最高の「もてなし」になるのでは? そうなればいいな。

 

相手がいる場で動かすところまでが作品、いや相手がいることで変わりながら続いていく作品。作品によって生かされる人生。主体的にちからわざで作る人生。

 

「ホスピタリティ」ということばも思い出す。高校で働いていたとき、作文を書いてもらうために作った手書きのプリントを見た保護者の方がお手紙をくれた(しかも作文も書いてくれた!)ことがあり、そのときにいただいたことば。

 

 

自分とひと(「もの」も)が今その場に「在る」意味を丁寧に模索したい。それがわたしが学校の教室でもやりたかったことだった。場に作られるだけでなく、場を作る。あるもの生かしの場。今すでにあるもののパフォーマンスを上げたい。これからもどこにいてもそれは模索したい。根無し草なりに。

 

それは「表現」というのか「ことば」というのか「問いかけ」?「姿勢」「呼吸」…「立ち方」「在り方」「生き方」? 「社会」への希望というのか理想というのか。わからない。

 

奈良町物語館…わくわくする場所でした。2階は秘密基地みたいで居心地がよかった。

(写真はないです、あったのはこれ👇)

f:id:zubunogakkou:20190430010946j:plain

2階にあった文章「うらはらなくら」のタイトル(全12回)がどれもよかった…