もやもやずぶちゃん

ずぶの学校のやかましみさきです。絵や文、俳句、ぬいぐるみの創作、人形劇、手作り作品のお店、表現の家を開いています。ワークショップ、オーダーメイド受付中。おたよりください。info@zubunogakkou.com

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とんちばあさん(半人前)

今日は呼ぶにしても書くにしても、ちまたで話題にするのがそもそも難易度の高い「配偶者」について挑戦的に書いてみようと思う(お気を悪くしたらすみません)。

 

赤松氏は今日誕生日だから大目に見てもらいたい。
(ただ、誕生日にそのひとのことを書くのはいいなと思う。生きていても供養というか、新しい冠婚葬祭の方法としていかがだろうか?)

 

といってもちろん特別なことは何もしないのだが、彼が小さいころ好きだったらしい「一休さん」の動画を見せてきた。

 

私が家で学校や社会への不満で、きいーーーーとなっていると、時折「とんちんかんちんとんちんかんちん…」と歌いだすのでこのひとはなんだ?と思っていたが、それは一休さんのオープニング曲だった。

 

あーーーー
あーーーー
な・む・さ・んだーーーー(ほんまそれ)

 

とんちんかんちんとんちんかんちん
気にっしないっ♪
気にしないー気にしないー気にしないーーーー

 

(そうそう、ずぶは「キニシー」か「オカマイナシー」かと言われたら「オカマイナシー(O型気質)」だと友達にも言われたことある)


幼き頃にアニメを見た記憶はあるが、どんな話だったかほとんど覚えていなくて、どーせ説教臭い話だろうと舐めていた。

 

が…見て驚き…!!
ちょっと…泣いてしまった…


有名な話は、ご存知かもしれませんが、「屏風の虎を捕まえよ」と将軍に無理難題を命令(パワハラ)されて(「とんち小坊主なんとする」暇か)、「やな感じぃ~」(声かわいい、ハイジみたい)と心の中でぼやきながらも(けんかは弱いらしい)、とんちで返す(茶番には茶番を)わけだが、

 

それはまさに自分が目指すもの…

 

LIFE!!(うっちゃんのコント番組、とぼけてる)

的な展開による解決(うさばらし)

 

じゃないか!と驚いた。


また他人とは思えないひとがここに!!
(あ…わたくし他人とは思えないひといっぱいいまして…)


今やったら、将軍VS一休=校長VSずぶやん…
(将軍は一休を試してるけど、校長はそれほど大物でないのが残念ね)


次に見た話は深すぎてびびった…
これはこどもが見るもの?


一休さんが町を歩いていると、新右衛門(将軍の部下、ミドルリーダー、一休さんを慕う)が後ろからついて来るのだった。

 

「なんでついてくるんですか!」

一休さんのもとで修行をしたいんです。いーじゃないですか」

 

(ずぶ「きもい」
氏「しゃーないねん、指示待ち人間やねん」)

 

とかなんとか言っていると、通りで巾着きり(すり)をする少年を目撃。ミドルがぎらついて即座に「捕まえてこらしめる!」と勇んで出ていこうとするのを一休さんは制する。

 

「こんなに大勢のひとがいるところで捕まえたら大事になって彼が一生立ち直れないじゃないですか!」

 

えーーーーーーやさしーーーーーーーー(泣く)

 

それで、新右衛門はあきらめて見過ごしたが、よくよく顔を思い返すと実はそれは亡き友人の息子千之助だった。(そう、家庭環境のよくないこが小犯罪を犯してしまいがちなんだ、そして大々的にとがめられるんだな…)

 

一休さんはお寺に帰って一晩本気のとんち(解決策)を考える。それを見守る新右衛門とお師匠さんと他の小坊主たち…

 

翌朝一休さん「これで大丈夫とは言い切れないですが、賭けてみるしかないです」(それ毎時間毎時間教室に向かう時の気持ちな泣)という策を実行。

 

同じ通りで、変装した一休さんの懐の巾着を千之助に盗ませる。その巾着の中には銭のほかに、なんと千之助の父の位牌が入っていた!!おびえる千之助…

 

改心した千之助は後日一休さんのしわざだったと聞き、お寺にお礼と謝罪に来たのだった。新右衛門は何もしていないくせに、すでに謝っている千之助をどなりつけて説教する。


(ずぶ「こいつ…なんなん…」
氏「弱いものにしか強く出られへんねん、サラリーマンやから」)

 

新右衛門は安易に「よかったですね」とか言うのだが、一休さん

「これでよかったのかどうかわからない、千之助はずっと親の声を聴いていたんだ…」といい、歌を詠む。


「闇の夜(世)に鳴かぬカラスの声聞けば…うーん下の句が出てこないなぁ」


このへんで次回に続くのかなーと思うのだが、なんとこれで15分(半分)。
濃密すぎひんか。

 

「あわてないあわてない、一休み一休み」(CM前のセリフ)


後半はさよちゃんというお寺に住む女の子がお母さん(たぶん死んでしまった)の絵を描いていて、みんな(小坊主たち)に下手とかかぼちゃとかデリカシーなく言われて泣く(この構図にすぐ怒るずぶ)

 

困った一休さんと新右衛門は似顔絵師のおじさんに頼みに行くのだが、口で説明した顔はどうしても似ていないのだった。帰り道、一休さんはお店で、さよちゃんのお母さんそっくりの仏像を発見!

「これだー!」

で絵師に描いてもらってさよちゃん喜ぶ。ちゃんちゃん。

 

一休さん「生まれぬさきの親ぞ恋しき…」下の句できた。

 

「闇の夜に鳴かぬカラスの声聞けば生まれぬさきの親ぞ恋しき」

 

これは実際に一休和尚が詠んだと言われている歌で…と解説(ナレーション)が入る。

 

なるほど、歌物語だったのか。

 

前半で父、聴こえない声を聴く
後半で母、見えない顔(仏)を見る

 

の例を両方挙げるために二つのエピソードを入れたのか。

 

親というのは「仏」とも万物の創造主ともいえるわけか。
聴こえない声を聴き、見えないものを見ることで仏(極楽往生)を恋い慕う心(信じる心)が生まれるのだね。
ほっほーーーーーふっか!!!

 

ばかにしてたけど、やさしい一休さん
すきすきすきすきすきっすき♪になってしまった。リスペクト~

 

悩める一休さんはいいけど解説が蛇足。解説(教育)されると一気に萎える。やっぱ「教育する(教える)」じゃなくて、「作品にする(作る)」ってことが大事なんだよ。それがいつまでも当事者のまま参加する姿勢なんだよ。言われなくてもこっちで考えるから。分からないことはこっちから訊く(探す)から。

 

それが「教育されること」への違和感かもしれない。

 

「他人とは思えない…」と言ったら
「0.5休ぐらいかな」とのこと。
納得。